かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

黒澤明監督『蜘蛛巣城』と原作『マクベス』。


シェイクスピアマクベス』を、安西徹雄訳で、ひさびさに読んでみる。豊穣な言葉の応酬に感心しながら読了。そして、いつもそうだが、わたしの場合、『マクベス』を読むと、これを翻案した黒澤明監督『蜘蛛巣城』を見たくなる。



近くのTSUTAYAで、『蜘蛛巣城』のDVDをレンタルし、パソコで見てみる。モノクロの緊迫した映像に、はじめから圧倒された。



外にはつねに深い霧だか靄だかがたちこめ、現実と幻想が交錯。森の中で妖婆(原作:魔女、役者:浪花千栄子)が、鷲津武時(原作:マクベス、役者:三船敏郎)と三木義明(原作:バンクォー、役者:千秋実)に発した予言が、その後ひとつひとつ的中して、マクベス=鷲津武時の運命を狂わせていく。


黒澤明は、原作のストーリーを忠実に表現しながらも、それにひっぱれることなく、斬新な映像で、原作の野心と欲望に翻弄される世界を映画化している。ひとつひとつの場面の美しさ、簡素であやしい部屋壁の文様の凄まじさは、猛烈だが「怖い絵画」のように輝いている。こんなコワ美しい映像を実現できるひとは、黒澤明以外、誰がいるだろうと考えてみると、溝口健二の『雨月物語』が浮かんだが、溝口作品は「静」で、黒澤作品は「動」だな、とそんなことをあらためて思い浮かべる。



鷲津武時を演じた三船敏郎の表情は、つねに驚き、怒り、不安に怯え、平静に定まるときがない。その顔の強烈さ。もうひとり、鷲津武時の妻(原作:マクベス夫人)を演じた山田五十鈴が怖い。この物語でもっとも野心を燃やすのは、マクベス=鷲津武時ではなく、この夫人なのだが、山田五十鈴は(能のことをよく知らないので、的確に表現できないが)鬼のような恐ろしい形相で、この物語のなかで、鷲津武時よりも、予言する妖婆よりも、はるかにはるかに怖い。




「森が攻めてこない限り安泰」と予言されていた鷲津武時だが、やがて森が動いて攻めてくる。復讐の軍勢は、それぞれ木々で前面をおおい隠し、蜘蛛巣城へ近づいてくる。それはまさに森が動いて攻めてくる、と妖婆の予言通り。


そして、大量の矢が鷲津武時を襲う有名なラストシーン。


あらためて完璧な映画だな、とおもう。シェイクスピアを読んでなくても、あるいは意識しなくても、十分単独でたのしめる黒澤明の大傑作のひとつ。


蜘蛛巣城』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=hyU0yLBh5ZU