聖天院、山門脇の庭園。
5月4日(火)晴れ。
あまりひとが密集しないところへ、ということで、ひさしぶりに日高市の聖天院と高麗神社へいく。
途中、ちぢれ麺ラーメンを食べられる「北珍」でお昼。川越市は、東京にならってアルコール終日禁止になってしまったので、日高市にはいって、ちぢれ麺と餃子と瓶ビール大瓶1本飲む。
高麗神社の駐車場へクルマを置き、10分ほど散歩。聖天院へいく。
散歩の途中から、聖天院が見えてくる。
聖天院の山門。
聖天院の庭園。
山門脇の池。
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高麗神社へもどって、裏の古民家(高麗家)など見る。暑いので、Tシャツになった。
境内の裏にある高麗家。
高麗家の内部。
それほどとくにめずらしいものはなかったけれど、自粛疲れの気晴らしにはなった。
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夜、Amazonプライムで、浦山桐郎監督の『非行少女』(1963年)を見る。
1963年は、東京オリンピックの前年であり、わたしがまだビートルズを知らなかった最後の年(翌年、ビートルズを知って、学校の呪縛から解放される、笑)。
1962年公開の浦山桐郎(うらやま・きりお)監督『キューポラのある街』に、中学生のわたしはすっかり感動し、主演の吉永小百合のファンになった。
しかし、翌年の、浦山桐郎監督第二作『非行少女』は、あまりに暗くて、見ていて息苦しくなった。
『キューポラのある街』のジュン(吉永小百合)は、貧しい家庭のなかでも、前向きで明るく生きようとする姿勢に、見ていて救いがあったけれど、『非行少女』の若枝(わかえ=和泉雅子)は、野生動物のように奔放で、結果自分を窮地に追い込んでしまう‥‥。
1945年の敗戦から18年が経っている。1963年というのは、こんなに貧しかったのだろうか。
『キューポラのある街』(埼玉県川口市が舞台)のジュン(吉永小百合)は、鋳物工場へ勤めている父が怪我をして会社をクビになる。学校の成績はよかったが、生活が苦しく、高校への進学をあきらめなければならない(最後は、就職し、定時制高校へ通う決意をする)。
しかし、『非行少女』(石川県金沢市が舞台)の若枝(わかえ=和泉雅子)は、父が呑んだくれで、学校(中学)へ納めるお金がない。若枝は、やむなくお金を盗んでしまう。盗みの現場を見た用務員は、黙っているかわりに若枝に触れようとする。若枝は逃げる。結局用務員は若枝の盗みをバラしてしまう。
若枝の状況はどんどん悪くなっていく。
これだけ滅入るような映画は、いま、なかなか見当たらない。商業映画の素材として成立しないのかもしれない。
若枝は、物置小屋のようなところに住んでいる。現在も格差が激しくなり、豊かなひとばかりではないはず。コロナ禍のなかで、失業者や路上生活者が増えている(という)。しかし、映画やドラマに出てくる人物は、けっこうおしゃれな部屋に住んでいる。あまり極貧な登場人物を見たことがない。
若枝(わかえ)が生きた1963年の貧しさといまとは、どうちがうのか考えてしまった。
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『非行少女』の予告編がないので、和泉雅子のインタビューをあげておきます(1998年放映)。