かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

俳優が語る成瀬巳喜男の演出〜その2

村川英編「成瀬巳喜男演出術」(ワイズ出版
成瀬巳喜男 演出術―役者が語る演技の現場

8月29日の続きです。

香川京子のインタビュー

成瀬巳喜男の仕事風景

香川:現場はとにかく自然というか、叱られた覚えもないし、特に誉められもしないし、淡々として仕事を進められる感じです。本当に静かな方でしたね。撮影も朝9時きっかりに始まって、夕方5時にぴたっと終えることが多くて、夜間の撮影というのはあまりなかったと思います。監督さん自身が、今日はここからここまで撮ろうかなと、ご自分でお考えになっていて、だいたいその予定通りに撮られて、また翌日という‥‥。規則正しいというか、すべて流れるように事が運ぶ感じです。だから、迫力がすごいとか、そういう感じはないんですね。

山村聡のインタビュー

☆演技指導

山村:誰にも説明しない。成瀬さんは演技指導らしきものは何もしない。そりゃ不思議なくらいですね。1つOKとなると、「次、ここ」って言うだけです。けれども、成瀬さんのフィルムはきれいにつながるんですよね。

小林桂樹のインタビュー

☆成瀬演出とテレビ演出の違い

小林:僕は成瀬さんの映画だけは、説明的な演技というか、わかりやすい芝居はしなかったんです。楽しい時は楽しんでいるとか、怒っている時には怒った顔をしているという芝居はまずしなかった。例えば『夫婦』の時に、僕が店先にいると、長いこといなかった兄さん役の上原謙さんが歩いている。それを僕が見て、兄さんだと思う。それで、何十年ぶりかに見るのだから、あっ、という表情で兄さんを発見する芝居をやったら、プーッと監督が笑って「社長ものじゃないのよ」(注)と言われた。つまり、僕はわかりやすい演技をしたわけですよ。けれども僕だってそれほどはやってないんですけど、成瀬先生にしてみればオーバーなんですよ。だから、ものすごく抑えて、全然、びっくりしないでやった、そうしたらOKなんです。ああ、これでもわかるんだなあ、とその時は反省しましたけどね。

      (中略)

話は逸れますけど、テレビで仕事をしますとね、そういう芝居がわからないんですよね。今の若い演出家には。僕は先生のやってたものが気にいってたんですけど、それを今の仕事に持ち込んでやろうとしても「すいません、小林さん。あの、今の芝居、もうちょっとびっくりしていただけませんか」「えっ? あれでびっくりしているのよ」って。やっぱり<びっくり>しないと、わかってくれないんですよね。ちょっとしたことだけで、びっくりしているというのが成瀬さんの芝居なんですけど、今はダメなんですよ。だから、そういう癖が自然についてしまう。やっぱり、成瀬さんの時にやっていたような芝居のやりかたをどこかでやらなきゃいけないなと思ってるんです。

◆注:当時「社長シリーズ」という人気コメディに小林桂樹は出演していた。

キャメラがちょっと動く

小林:それと思うんですけど、成瀬さんの場合小津さんと違ってキャメラを固定にするとかいうのはあまりなかった気がする。キャメラがちょっと動くんですね。例えば、僕がちょっと立つ位置を変えるとしますよね。そうすると、キャメラもちょっと動く。和室での静止した芝居の中でも、わずかにキャメラがちょっと動く。芝居は普通なんだけど、カメラがちょっと動くことによって何かが生まれてたんじゃないかと僕は思うんです。だから、成瀬先生は「ねえ」という一言の芝居の時でも、ちょっと動いてくれと言う。セリフは棒読みみたいにして何もつけないで、ちょっと動けと言うんですね。それが、映像を心得た人間の演出法だったと思うんです。

司葉子のインタビュー

小津安二郎成瀬巳喜男を意識していた

:小津先生の作品にも出していただきましたけど、小津先生は常に成瀬先生を意識していらっしゃいましたね。成瀬先生の映画の手法というか、ありかたにものすごく敬意を持ってね、すごく意識してらっしゃいました。成瀬先生はあまりしゃべらない方ですけど、小津先生は成瀬先生のことをお話になっていましたね。

☆俳優は映画の材料にしか過ぎない!?

・・・みなさんに、いろいろとお聞きしたのですが、成瀬さんは無口で、あまりお話しにならないということで、現場で演出していても何も言ってくれないということでしたが‥‥

:私が出演していて思ったのは、あそこの演技が良かったとか悪かったとか大きな問題じゃないみたいなんですね、成瀬先生は。ある時、私が本番を終えて「先生、もう一度やらせてください」って言ったんですよね。「いいよ、じゃあ、いこうか」ということでやり直したら「葉ちゃん、どこが違うの?」と言われちゃったんですよね(笑)。その時に、そうなんだなと思いましてね。だから、細かい演技とかそういうことではなくて、先生の場合は編集でね、映画を作り上げていく。私たちは、本当にその辺の材料にしか過ぎないくらいで。そういうことが初めてわかりました。

以上、1冊のインタビュー本から成瀬巳喜男の演出の特徴を伝える発言を抜粋してみました。