かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

上原隆著「友がみな我よりえらく見える日は」(学陽書房)

友がみな我よりえらく見える日は (幻冬舎アウトロー文庫)
上原隆は、著名ではなく普通の市井の人を描くのが鮮やかです。これで読むのが2冊めですが、読後感の印象はかわりません。書いた順序でいえばこちらの本のほうが古いようです。

○容貌の美しくない孤独な女性の日常
○登校拒否をする高校生が唯一夢中になれるもの
○結婚してもテレクラ遊びをやめない夫に悩む妻
○男性運のない女性タクシー・ドライバーの身の上話
○大量リストラにあった同期生たちの「同窓会」

その他、この1冊に登場する人物の挿話は、身近に共感を感じるものばかりです。異常な事件は1つもありません。

描かれる人物のなかで、稀に著名な人物も登場しますが、それはその人物が著名人だから選ばれたわけでありません。例えば、この中には芥川賞作家、東峰夫(ひがし・みねお)が登場します。彼は、高校を退学し、いろいろな職業を転々として、貧乏を嘗め尽くしながら小説家を志します。そして、ついに「オキナワの少年」で芥川賞を受賞しますが、芥川賞作家となっても彼はあくまで彼のままで、その後彼が書いた小説は3作だけ(全4作)という極度な寡作ぶり。東峰夫の、濫作を拒み、書きたいものしか書かない姿勢に、マスコミは次第に興味を失い、東はまた貧乏生活に転落し、妻子とも離別する。

しかし、東峰夫の生き方を語るのに、転落という表現は不適切だろう。東は、スーパーのごみ箱をあさっても、彼らしい生きる姿勢を貫き、時間があればいまも読書三昧のなかに生きていく。

けっして上原隆は、東峰夫を英雄にも、悲劇の人にも描かない。彼の失ったものの大きさを厳しく見据えながらも、彼の10代から思い描いた自分の人生を、いまも貫く姿に、静かなエールを送る。

上原隆の本、おもしろいです。