池袋の新文芸座へ石井輝男監督特集を見にいく。今日が特集の最終日だ。そして、今回の特集でもっとも見たかった、比較的晩年の作品「地獄」(1999年)がやっと見られる。
ロード・ショーのときから見たい、と思っていながら見そびれ、その後なかなか上映日と私の見られる日があわず、また探してもレンタル・ビデオにはなく、ずっと6年間、見そびれていた作品だ。
■地獄(1999年)
わたしは、小学生の頃見にいった中川信夫監督の「地獄」(1960年、新東宝)が忘れられませんでした。死んだら人間は地獄へ落ちる、その地獄とはどんなところなのか、その死者しか見ることのできない地獄を、中川信夫監督の映画は、映像で見せてくれました。それは、わたしには強烈な映画でした。
もう1人地獄をのぞいた有名な外国人がいますね。はい、ダンテです。彼の「神曲」地獄編では、ダンテは詩人ウェルギリウスの案内で、恐ろしい地獄を目撃しております。これを、ぼくは、ただ地獄知りたさの好奇心から、わかりやすいリライト版(むかしあった教養文庫)で読んだ記憶があります。今回の石井輝男版「地獄」も、上記の中川信夫作品やダンテの「地獄編」を頭においての映画化ではないか、とおもいます。ダンテのウェルギリウスのように、石井輝男作品では、主人公の女性=リカ(佐藤美樹)を、閻魔大王の側近の1人=魔子(斎藤のぞみ)が案内します。
まずは石井輝男監督特集のパンフレットから映画の概略をご紹介します。
1995年に起こったオウム真理教事件に衝撃を受け、その後の裁判の遅々として進まぬ展開に業を煮やした石井輝男が自ら立ち上がり、「社会が裁かなければ、映画がやつらの罪を裁く!」(本当)と自腹を切って作り上げた、日本唯一のデス・ウィッシュ・ムービー。
その過激さに周囲の映画人も皆逃げ出した!
うむ。すごい解説だ。「デス・ウィッシュ・ムービー」ってなんでしょうか。どなたか教えてください。引用しながら、わたしはわかっておりません(笑)。
映画の内容を簡単にいいますと、宮崎勤の連続少女殺人事件、オウム真理教の一連の事件が、再現フィルムのように描写され、後半は彼らが地獄の鬼たちに責め苛まれる、という作品です(実に、簡単な説明<笑>)。
映画の中心を占めるのは、オウム真理教事件です。弁護士一家殺害事件、松本サリン事件、地下鉄サリン事件ほか、主だったオウム真理教の事件が再現され、教祖や広報担当のジョウユウ氏(漢字を忘れました)のそっくりさんが登場し、観客にあの事件を追体験させます。また、当時オウムの事件が発覚したとき、彼らをかばう発言をした「知識人」もいたんですね。「御用学者」や「御用文化人」、そしていたずらに裁判の引き伸ばしをはかる弁護士にも、石井輝男の怒りは爆発します。
石井輝男は、かなり本気に怒っています。映画のなかで、集団のなかには、インテリといわれるひとたちもたくさんいるのに、こんなへんな教えになんで気がつかないのだろう、と作中人物にいわせていますが、これも監督の本音でしょう。
しかししかし、、、まともな社会正義をテーマにした映画にならないのが、石井輝男ワールドです。これはもうCGなどを使わない手造り映画とでもいいましょうか。青鬼や、馬の頭をした獄卒など、妙な地獄の番人がユーモアたっぷりに登場して、わたしたちを楽しませてくれます。映画は、ビックリ箱。石井輝男ワールドのおもしろさは、そのビックリ箱を手造りでこしらえて、たっぷりと見せてくれることでしょうか。
宮島ツトム(宮崎勤がモデル)は、少女を切り刻んだように、地獄の獄卒から全身を切り刻まれます。彼の堕ちた「黒縄地獄」では、足、手、首を切り刻まれて、これで死ねるかとおもうと、身体は再生し、またはじめから処刑が繰り返されます。
「宇宙真理教事件」(オウム真理教事件)では、テレビを通じてウソ八百を並べた広報担当者や、彼らを白々とかばった御用文化人は、舌を抜取られる「大叫喚地獄」で拷問を受けます。
さらに、あらゆる罪悪を重ねた教祖は八大地獄すべてに堕とされます。教祖と真理教の幹部は、「等活地獄」では、獄棒で殴られ、「焦熱地獄」に身体を焼かれ、教祖はさらに「黒縄地獄」で、身体の皮を剥がされます。
そんな残酷な映画をよく見られるなって?
それが、生々しさを通り越してユーモアですらある石井輝男ワールドだから可能なんです。
わたしたちの少年時代、桜の季節になると、どこからかやってきた「親の因果が子に報い」という呼び声とともに、木戸にはあやしい絵が飾られ、「蛇女」、「ろくろ首」など、「見世物小屋」が並びました。石井輝男ワールドは、あの見世物小屋に似ているような気がします。