かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

実在の家族を描いたねじめ正一の「熊谷突撃商店」

熊谷突撃商店 (文春文庫)
ぼくは、熊谷真美さん、松田美由紀さん姉妹のことを何も知りません。松田美由紀さんの夫=松田優作さんの映画もほとんど見たことがなく、ただ1本、森田芳光監督が撮った夏目漱石「それから」は、ほとんど映画化不可能とおもわれるような原作を見事にビジュアル化しているのに、おどろきました。この映画で主人公の長井代助を演じたのが、松田優作さん(以下、敬称略)でした。

松田優作は、それまで映画でもテレビでもアクション俳優のイメージが強かったとおもいますが、「それから」では、アクションとはまるで正反対の動きの少ない、しかしどこか知的な優雅さをもった代助をみごとに演じていました。見るまでは、ミス・キャストとおもっていたのに、個性的な解釈で、しかも原作を損なわない代助像を演じているので、目を見張ったことがあります。

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話がそれましたが、この「熊谷突撃商店」は、この真美・美由紀さん姉妹のお母さん=熊谷清子さんを描いた実在モデル小説です。

少女時代の元気いっぱいの清子(小説ではキヨ子)のエピソードからはじまり、文通相手の熊谷氏と結婚し、夫のひっきりなしの女性関係に苦労しながらも、彼女は天性の気風のよさから、体当たり式に、高円寺、阿佐ヶ谷と小さな商店をもりたてていきます。とにかくキヨ子は、商売がおもしろくてしかたない。嬉々として、朝から晩まで働きます。

そんな元気いっぱいの「グラマー美人」キヨ子が、戦後の日本のドタバタの中を力強く、逞しく生き抜いていくお話です。

ねじめ正一氏の本は、自らの少年時代を描いた高円寺純情商店街を読んだのがキッカケで、そのシリーズを3冊読みましたが、どれもおもしろく、この小説もその延長で手にとりました。いずれの作品も、読者を元気にしてくれる作家です。

現在、「昭和30年代〜懐かしい戦後日本」という感覚で、「ALWAYS 三丁目の夕日」などが映画で公開されていますが、ぼくは、ノスタルジーが、過剰な感傷に流れてほしくない、という個人的な気持ちがあります。

しかし、「熊谷突撃商店」の、戦後を明るく生きた一女性の人生は、現在にない逞しさにあふれていて、カラッとした読後感を味わえました。