かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

武者小路実篤と志賀直哉

暗夜行路〈前篇〉 (岩波文庫)
以下の文は、tougyouさんのブログ「『暗夜行路』と志賀直哉」という記事へのコメントです。


まずは、tougyouさんが引用されている武者小路実篤の文です。

『暗夜行路』を志賀直哉が中絶して何年か、そのままになっていた。 
ぼくはそれを残念に思い、ある時、奈良に志賀を訪ねた時、
「『暗夜行路』はあとどのくらい書けば終わりになるんだ」と聞いたら、
志賀は「五六十枚だ」と言った。
「五六十枚ならかいたらいいだろう」と言ったら、志賀は「読み返さなければ」
と言った。
「読み返せばいいじゃないか」と言ったら、「それでも」と言うような返事だった。


この引用文、おもしろいですね。武者小路と志賀直哉は、10代で知り合い、80代で二人が亡くなるまで、まれにみる深い友情を続けましたが、人間のタイプも、作風もまったく違っていました。


■怠け者だった志賀直哉



写真】:「暗夜行路」の最終章が書かれた奈良の書斎


武者小路の文からは、志賀直哉の怠け者ぶりが実によく出ています。志賀は、「暗夜行路」を完成するのに、いままで書いたところを読み返すのがめんどうだ、っていっているわけですね、要するに(笑)。「読めばいいだろう」という武者小路の言葉も彼らしくて、遠慮がありません。

16年(?)にまたがる「暗夜行路」の完結には、文壇全体が注目していました。しかし、要するに、志賀自身はやる気はあっても、めんどくさいのね(笑)。読み返して、その作品のなかに自分がうまくはいって、それで仕上げるのがおっくうなんです。職業作家とはおもえない発言ですが(笑)、志賀直哉は、そういうひとでした。

志賀自身も、自分は小説に念をいれるので寡作のように思われているが、それもなくはないが、それよりも元々怠け者で……というようなことをエッセイに書いています。

「暗夜行路」を暗記する若い文学者もおおかった時代に、「読み返さねば」とめんどうくさがる志賀直哉が、実におもしろい。武者小路の「なにいってんだ、志賀は」というような率直なアドバイスも、どこかユーモラスです。


【注】:「暗夜行路」は、1921年(大正10)に『改造』に連載が開始され、1937年(昭和12)に武者小路の助言が功を奏したか(笑)、完結している。


■天然の達人、武者小路実篤


 
写真】:武者小路の文は、泉のようにあふれでる

思ったことをそのまま綴る武者小路の文章は、実に自由でのびやか、芥川龍之介は「武者小路氏が、天窓を開け放って文壇に爽やかな空気をいれた」と賞賛していますが、ということは、つまり言葉を練り上げる作風ではありません(笑)。

文は人なり」‥‥武者小路実篤の文章は、この言葉の見本のようなところがあります。

禅のひと、例えば達磨が一筆書けば、それが斜めに走るちょっとした線にも妙味がある、とすれば、武者小路の文章はそういうものに近いとおもいます。武者小路という人間に価値を発見できれば、文章は意味をもち、武者小路の思想に共感できないと、子供のざれ書きのようでしかありません。

tougyouさんがおっしゃるように、武者小路は、漢字の表記すら統一していません。表記の統一は、むしろ担当編集者の仕事で、通常は原稿をもらってから、著者の意見を聞いて表記をそろえます。しかし、武者小路の担当者は、それをしてないようです。武者小路が、そういうことに頓着しないことを知っているからでしょうか。しかし、武者小路本人はよくても、読者はどうなのか・・・?


写真】:我孫子時代の武者小路(左)と志賀直哉(右)。中央は柳宗悦、下は武者小路房子(武者小路夫人)


武者小路実篤は、まれにみる早書きであります。頭にはつねに書きたいことがあふれていて、それを文章に1つ1つしていくのももどかしいくらいでした。

「詩」についてのエッセイをたのんであって、編集者が原稿をもらいにいくと、「死」について書いてある(笑)、テーマが違うことを編集者がいうと、「ちょっと待ってて」といって書斎にいき、すぐに「詩」についてのエッセイを書いてきた、そんなエピソードもあります(逆でしたか? どなたか違っていましたら、教えてください)。

武者小路には、志賀がいくら文章に念をいれると知っていても、「暗夜行路」に16年もかかり、あと50枚のところでまた足踏みしているとすれば、はがゆくって、「いいかげん、どうにかしたらどうだ」といいたくなるでしょうね(笑)。

それについて、いささかうるさいなと思いながら、気難し屋で知られる志賀直哉が「読み返さなければ」と弁明しているのが、なんとも可愛いです。

引用文は、二人の親しさと志賀の怠け者ぶりを描いて、さすが武者小路!とでも、いいたくなるような文章です。もっとも天然の人=武者小路本人は、そんなサービス気はさらさらないでしょうが(笑)。

tougyouさん、たのしい文章をご紹介くださり、ありがとうございました。