かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

角田光代著「庭の桜、隣の犬」

庭の桜、隣の犬
やっぱりおもしろかったです。この作家は、これまで分け入ることのなかった心の奥の領域へ、表現のメスをいれているとおもいました。若い夫婦が登場しますが、二人は、浮気、ギャンブル、失業……など、世間の通例でよくある問題で、仲がギクシャクしている様子ではありません。

それが何なのか、本人たちもわかっておりません。しっくりこない自分の心を言葉にしようとすると、よくある夫婦のトラブル例のようにしか語れません。自分自身、何が不満なのか、何を求めているのか、妻の房子はわからぬまま、夫に離婚を切り出します。

明確な理由のないまま、登場人物の夫婦のピンチに読者は付き合うのですが、ディテールがしっかりして、混乱をきたすことがないのも筆力でしょう。ディテールといえば、角田光代の小説は、テーマが抽象的であっても、細部が常に具体的に書きこまれているとおもいます。だから、問題の正体が何なのか見えないままであっても、読後感は空疎な気がしません。

この1冊のおもしろさを説明するのはむずかしいのですが、魅力的な作家は、すべてそれを言葉で語り尽くせないところがありますね。