かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

原民喜『ガリバー旅行記』


この本を読むきっかけになったのは、taishihoさんのブログの紹介でした。


【注】:taishihoさんのブログは、こちら


本の表紙を見ると著者名は、原作者のジョナサン・スイフトではなく、原民喜となっています。奥付もそうで、本の後ろの解説を読んでみないとスイフトが原作であることはわかりません。優しく書き直してあるといっても、これは、スイフト先生に対していいのかな? それがちょっと気になりました。どうでもいいことですが。

スイフトの『ガリバー旅行記』を、翻訳で読んだのは30代の頃で、もう話の詳細を忘れております。ですから、今回読んだ原民喜のものと細かく相違点を指摘することはできないのですが、全体を読んだ印象ですと、目立った違いはないように感じられました。

ぼくらは、原民喜が1945年8月6日広島で原子爆弾被爆したこと、そしてその被爆体験を、覚めた視点から淡々と描いた「夏の花」、「廃墟から」という作品があること、さらに、その原民喜が戦後、『ガリバー旅行記』をまるで遺言のように書いて、完成後まもない1951年3月13日夜、吉祥寺付近の線路に横たわって鉄道自殺を遂げたことを知っています。ですから、ぼくは、こういった予備知識なしに今原民喜の『ガリバー旅行記』を読めなくなっています。


ガリバー旅行記』は、次の4部構成になっております。

  • 第1部:小人国(リリパット
    • これは絵本でも読んでいるのでご存知のお話でしょう。原民喜の本も特に新しい何かを加えているとは思えません。
  1. 第2部:大人国(ブロブディンナグ
    • 同じです。第一部の裏返し、一対の構成です。発想はおもしろいですけど、いま改めて語ることもないような気がしました。
  • 第3部:飛島(ラビュタ)
    • SF的な発想としてはおもしろいとおもいますが、構成上の起承転結を考えてつくったのか、ぼくはここが一番退屈でした。スイフトはここで何を書きたかったのか、ぼくにはもう1つよくわかりません。
  • 第4部:馬の国(フウイヌム)


ぼくは、圧倒的に第4部「馬の国」がおもしろかったです。エサを奪うためには、他を容赦しない、獰猛で醜いヤーフという生物がいますが、これがこの国での「人間」であるとわかって、ガリバーは自分も「ヤーフ」と呼ばれることを嫌悪します。しかし、馬の主人にイギリスの歴史、戦争のこと、人間のことを話すうちに、自分たち人間も、本質がこの国のヤーフと違っていないことに気づきます。痛烈な人間批判ですね。

やがてガリバーは「馬の国」から追放されイギリスへ帰ります。帰国したガリバーは、祖国の人間をも恐怖します。もはやガリバーには、祖国イギリスの人間もあの獰猛なヤーフも同じものにしか見えない、という皮肉な終り方です。

広島の地獄を体験した原民喜は、このスイフトの人間嫌悪に自分と同質のこころを見たのか。スイフトは、晩年発狂したといいます。