かぶとむし日記

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夏目漱石の「スウィフトと厭世文学」

 

文学評論 (講談社学術文庫)

文学評論 (講談社学術文庫)


最近、『ガリバー旅行記』を読んだ関連からスウィフトについて書かれた本を2冊読みました。夏目漱石の『文学評論』(講談社学術文庫)と中野好夫著『スウィフト考』(岩波新書)です。中野好夫の『スウィフト考』もわかりやすくて、スウィフトのことを知るのにはいい本でしたが、今回は漱石の方をご紹介しておきます。


漱石は『文学評論』の中に一編をもうけ、詳細にスウィフトを論じております。で、その『文学評論』とは何かということですけど、、、

■『文学評論』の概略

1903(明治36)年、イギリス留学から帰国した漱石は、東京帝国大学の英文学教師となりまして、「英文学概論」、「文学論」を講義し、1905(明治38)年からは、「十八世紀英文学」の講義を行いました。『文学評論』は、この「十八世紀英文学」を1冊の本にまとめたものです。

漱石はイギリス留学中、食費を惜しみ、公園のベンチでビスケットを水で流し込むのような切り詰めた生活をして、留学費用で買えるだけの膨大な本を買いあさり、下宿にこもって「イギリス文学とは何か」ということを、真正面から研究する生活をしていました。


英文学がわからない

勉強に勉強を重ねながら、漱石は、文部省へ定期的に提出するレポートを白紙のまま送ったりして、ついに「夏目が発狂した」という風聞が飛び交ったりもしました。歴史も風土も違う英国の文学を、漱石は、英国人のようには理解できない、とおもったのでした。誠実な漱石は、日本人が英国へいって英国の文学を読み、そのまま借りた知識を、日本の教壇で受け売りする、それでいいのか、と悩んでいたのです。

まだ外国への留学が珍しく、帰国すれば箔がついて、その後エリート・コースを歩める時代ですが、漱石の英文学との格闘は、そんな出世コースを望むものとは、まったく別の真剣勝負でした。

私の個人主義 (講談社学術文庫)
「英文学がわからない」という漱石の苦渋は、「文学論」の講義をまとめた『文学論』(講談社学術文庫)などを読むと明らかですが、読み物としては苦しくておもしろくありません。


ところが、この「十八世紀英文学」をまとめた『文学評論』は、読んでおもしろいのです。なぜかというと、漱石は当時「私の個人主義」という高名な講演で話しているとおり、自分の取るべき立場に1つの光明を発見したからです。

たとえ英文学が英国のもので、風土的な誤解や勘違いが生じようとも、日本人は日本人の立場で読みとき、理解していけばいい、何より自分の感性に従おう、という、あたりまえといえばあたりまえのことを、漱石は明治の時代に悩み、まさに自分で発見したのでした。

その実践が「十八世紀英文学」という講義なのですね。タイトルのとおり、漱石はイギリスの18世紀文学を自分の感性を頼りに、難しい文学用語などは使わずに明快に論じています。有名無名の作家が縦横無尽に論じられていて、英文学のことは何も知らないぼくのようなものでも、漱石文学の延長としてたのしめるのが、この講義を本にまとめた『文学評論』というわけでございます。

自分を立脚点にして英文学を読みとく……という漱石の小さくて大きな決意が、どれだけ本気な格闘のすえの光明だったか『文学評論』を読むとわかるのです。


●『文学評論』の構成は、以下のとおり。
  • 第一編 序言
  • 第二編 十八世紀の状況一般
    1. 十八世紀における英国の哲学
    2. 政治
    3. 芸術
    4. 珈琲店、酒肆(しゅし)と倶楽部
    5. ロンドン
    6. ロンドンの市民
    7. 娯楽
    8. 文学者の地位
    9. ロンドン以外地方の状況
  • 第三編 アディソンおよびスティールと常識文学
    1. 常識
    2. 訓戒的傾向
    3. ヒューモアとウイット
  • 第四編 スウィフトと厭世文学
    1. 風刺家としてのスウィフト
    2. スウィフトの伝記研究の必要
    3. 『桶物語』
    4. ガリヴァー旅行記
あとは大見出しのみ記しておきます。


目次を見るだけでも、漱石が日本ではじめて本格的な英文学の研究に乗り出した、しかもその作家への評価を自分の感性で下していこうとする強い決意が感じられるとおもいます。

■「第四編 スウィフトと厭世文学」

漱石の講義を、英文学を全然理解していないぼくが要約するのはむずかしすぎますが、詳細は『文学評論』に直接あたっていただくとして、ここでは簡単にご紹介します。引用の選択にはかなり独断がはいらないと、まとめきれないので、あらかじめご了承ください。

漱石は、風刺作家スウィフトの形成要因を、時代、生い立ち、本人の体質、趣味趣向などから分析していきます。律儀なほど、徹底した分析になっておりますが、このへんを、ご説明するとこのブログがどんどん長くなってしまいます(笑)。

で、スウィフトの風刺を好む性癖は、天性のもので、時代とも、生い立ち(多少関係があります)とも関係は薄く、スウィフトという人間の体質、趣味趣向によるところがおおい、とおおよその結論を下しております。


●徹底した不満足の文学1〜ルソーとの比較

昔ルソーは自然に帰れと叫んだ。すべての人工的制度を打破せよと叫んだ。これを打破して自然に帰れば、黄金時代を生ずるに足るとの確信を有していたからである。この確信があるあいだは、現在に不満足かは知らぬが、その不満足は現在に不満足なので、絶望というわけではない。

とルソーの不満足を、改正可能の不満足として、スウィフトの徹底した不満足を以下のように説明しております。

しかしながら現在にも満足できぬ。過去にも同情することができぬ、いわゆる文明なるものは過去、現在、未来にわたりてとうてい人間の脱却することのできぬものであると知ると同時に、文明の価値はきわめて低いもので、とうていこの社会を救済するに足らぬと看破した以上は、腕を拱いて(こまねいて)考え込まなければならぬ、天を仰いで長大息(ちょうたいそく)せねばならぬ。厭世の哲学はこの際に起るものである。

スウィフトの不満足には、改正案が何も記されてない、というわけでございます。



●徹底した不満足の文学2〜アディソンとの比較


18世紀の英国の状況を漱石は以下のように説明しております。

十八世紀は決してかような(厭うような)世の中ではない。いまいうとおり英人が社会制度のうえにおいて、また政治組織のうえにおいて偉大なる光明を認め得た時代である。してみると、ここにスウィフトという一個の人間があって、非常に暗黒なる観察を人間と社会とのうえに放ったのは、時代と関連して論ずると、一種の常規を外れた現象といわねばならぬ。

つまり英国は世界の中心に位置する輝かしい時代であり、時代的にスウィフトが憂える要因は一般に認められない、ということです。


漱石は、スウィフトを論じる前に、第三編でアディソンを論じています。アディソンは、英国社会のなかで生きるに必要な正しい教訓やマナーを描いた作家として論じられています(ぼくは未読の作家ですが)。このアディソン論も、本人の作品を読んだことなくてもアディソンという人の顔や姿、嗜好が浮かんでくるほど、鮮明に描かれていて、学者の文章ではなく、小説家夏目漱石の魅力がうかがえます。


そのアディソンとスウィフトの比較。まずはアディソンの不満足を漱石はこう説明しております。

むろん風刺の文学は自己または自己の周囲のいずれかにおいて不満足の点がなければ生じないわけである。しかしながらこれには程度のあることで、アディソンもスティールも世の中のある点においては、不満足であったればこそ、あのような文学をもってこれを匡正(きょうせい)しようと試みたのには違いない、が彼らの不満足の個所(かしょ)はきわめて瑣末の点に多かった。


珈琲店で話の仕方が礼儀を失しているとか、婦人に対して男子が乱暴粗悪であるとか、婦人があまり扇を荷厄介にして困るとかいうくらいなものである。もっとも激しい攻撃でも、博亦(ばくえき)または飲酒辺の題目に留まって、それ以上にはほとんど出なかったのである。


彼ら(アディソンやスティール)は決して根本的に人間に愛想を尽かしておらなかったのみならず、当時の人気風俗および政治経済のだいたいにおいて大いに満足していたのである。彼らの不満足なところは、むしろ他人が自己のごとく啓発されていないという点にある。そこで自己が先覚者としてこれらを矯正してやろうという微志をも含んでいるくらいであるからして、その不満足なるものはかえって彼ら自身に満足している反響ともみられる。

そこでスウィフトの不満足を、漱石はこう結論します。

しかしスウィフトにいたっては、いかにしても十八世紀流ではないと思う。彼の声は絶望の声である。なんらの光明の存在をも世の中に許さぬ不愉快である。

●スウィフト論のまとめ

漱石のスウィフト論を長々引き写しても、ブログにはそぐわないので、ここでまとめにはいります(もう十分長いですけど)。漱石は、総合的に文学者スウィフトを以下のように評価しております。

この人は欠点もあるには相違ないが、大家である。『ガリヴァー旅行記』は名著の一つである。彼はもっとも強大なる風刺家の一人である。彼は理非の弁別に敏(さと)く、世の中の腐敗を鋭敏に感ずる人である。病的に人間を嫌悪したという名を博したにかかわらず、親切な人である。正義の人である、見識を持った人である。見識がなければ風刺は書けない。みだりに悪口を吐いたり、皮肉な雑言を弄することは誰にもできるが、真に風刺ともいうべきものは、正しき道理の存するところに陣取って、一隻(いっせき)の批評眼を具して世間を見渡す人でなければできないことである。


スウィフトの風刺は堂々たる文学である。後代に伝うべき述作である。彼はアイルランド愛国者で、故国ためには危うきを辞せずして応分の力を尽くした志士である。

と、このように漱石としてはこの本のなかで最大の高い評価をスウィフトに捧げております。


しかし漱石は、スウィフトにこういう不満も書いております。

彼はいやに政治的である。貴族的である。もちろん彼自身が政治家であって、政治にもっとも多く興味を有するところから、おのずと政治に関する風刺が多くなるわけではあろうけれども、われわれから見るとあまりにその傾向が著しすぎるように思われる。


彼は小人国(しょうじんこく)へ行っても大人国(たいじんこく)へ渡ってもすぐ国王がどうだとか、皇帝がどうしたとかいっている。やれ宮殿がどうの、大臣がどうしたのと、そんな詮索ばかり気にしている。われわれ帝王にもまた貴族や金持ちにもあまり興味を有しない者からいうと、いま少し平民的に社会的方面から筆を執ってもらいたい心持ちがする。大人国では漂着するやいなや、畠の中で百姓に捕まっているから、これはおもしろいと思うと、すぐ王様のところへ持ってゆかれる。なんだかもの足りないような気がする。

吾輩は猫である (岩波文庫)



金持ちが大嫌いな中学校教師の飼い猫を主人公にした、諧謔と風刺の小説『吾輩は猫である』を夏目漱石が、この頃から書き出していたことを考えると、その関連性も見え隠れして、なかなかおもしろい意見だとおもいました。

今回は、漱石の『ガリヴァー旅行記』について具体的に触れられませんでしたが、また機会あらば整理したいとおもいます。長くなってすみません。全部を読まれた方は大変お気の毒ですが、感謝いたします。