かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

牧原辰著『雪国の手まりうた 良寛』〜貞心尼との出会い



【写真】:良寛と貞心尼の出会いの像



少年向けに書かれた「講談社火の鳥伝記文庫」の1冊。先の『ジョン・レノン 世界を変えた声』と同じシリーズです。

出雲崎(いずもざき)の名主である橘屋(たちばやな)の長男として生まれながら、今でいう町長のような役目になじまず、やがて出家。厳しいお寺の修行を受けながら、寺持ちのお坊さんにならず諸国を放浪、やがて郷里越後にもどり、山中の小屋「五号庵(ごごうあん)」に居を定める。

行乞(ぎょうこつ)、托鉢(たくはつ)が良寛の収入源であった。厳しい越後の冬のなかで、春の訪れを首を長くして待つ良寛。雪は良寛を五号庵に封鎖してしまう。良寛には春の到来を喜ぶ歌が多い。


良寛の人生がわかりやすく書かれていますが、今日は特に良寛と貞心尼のことにちょっと触れておきます。

■貞心尼との運命的な出会い

良寛の生涯のなかで、晩年奇跡のように登場する美しい女性、貞心尼(ていしんに)。貞心尼は、かねてから良寛の歌を読みつつ、その厳しい生き方と清々しい人柄に尊敬を寄せていました。

貞心尼は意を決して良寛を訪問します。

貞心尼の、良寛への強い信頼と尊敬。尼僧(にそう)の思い余った心情に、少年のごとく戸惑い心を弾ませる良寛。出会ったのは良寛70歳、貞心尼29歳のとき。

二人は出会いの喜びを歌にあらわします。

  • 貞心尼の歌=「君にかく あい見ることの うれしさも まださめやらぬ 夢かとぞおもふ

尊敬する良寛に会えた夢のような喜びを貞心尼が歌う。解釈もいらぬほど率直な貞心尼のこころ。

  • 良寛の返し歌=「ゆめの世に かつまどろみて 夢をまた かたるも夢よ それがまにまに

歌の大意は、「あなたは、わたしとの出会いを夢のようなものだとおっしゃられた。でも、いま二人がこうしている人生そのものが夢のようなものでしょう。心のままに出会いを喜び、今の時をすごしましょう」とでもなるのでしょうか。さすが良寛の方が少し冷静のようです。照れて、少しすましているのかもしれません(笑)。

この相聞歌は、本には歌のままでは登場せず、二人の会話のなかに融かされ、描かれています。


良寛と貞心尼の40という年齢の差は障壁にならず、仏について、月や花の美しさについて、歌について、二人は話の尽きることがありません。周囲がはらはらするような無邪気な喜びようでしたが、二人はついに師と弟子の関係を超えることはなかったようです。

貞心尼は、長い道中を越えて、時折良寛を訪ねましたが、ほとんどは手紙による歌の交換を中心に、時がすぎていきます。しかし5年後、良寛が重い病の床につくと、見舞った貞心尼は自分の庵にもどることなく、献身的に介抱を尽くし、良寛の最期をみとります。

客観的にみれば、あえて困難な道ばかり選択した良寛の一生ですが、村人やこどもたちに愛され、人生の最後に彼を心から敬愛する貞心尼と出会えたことで、伝記を読むとき、あたたかい読後感が広がります。


本の内容から貞心尼のことで、少し逸脱しました。この本は、全文総ルビ。読みに苦労することがありませんでした。特に人名、地名はルビがあると読むことに集中できます。少年向けの配慮でしょうが、漢字に強くないぼくは、助けられました。