- 作者: シンシアレノン,Cynthia Lennon,吉野由樹
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2007/03/01
- メディア: 単行本
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ご存知のようにシンシア・レノンはジョン・レノンの先妻。
シンシアは以前『素顔のジョン・レノン』(草思社、1972年)という著書を発表しています。この回想録は、それとどう違うのか。読むまでは、そういう疑問がありました。
同じひとの書いたジョンとの思い出だから、たしかに大筋は変わりありません。ただ今回の本には、何かシンシアに強い覚悟のようなものが感じられます。もっというと、書く対象に手加減がないようです。
以前のは、出版社などにすすめられて書いた企画本で、今回のは、自分の真実の声を伝えたくて自らすすんで書いた本、といえばいいのか。
長いあいだ、「捨てられたジョンの元妻」として、いわれるがまま書かれるがまま、沈黙してきた。あまりに事実と遠いことを書かれて、傷つくことがおおかった。ジョンが亡くなって25年(発表されたのは2005年)。このへんで、ジョンと<わたし>が経験した真実をきちんと書き残しておかなければ……。
そんなシンシアの思いが伝わってきます。
ジョンを育てたミミおばさん
一番におどろいたのは、ジョンの育ての親ミミの人間像。これまで、厳格ながらジョンに強い愛情をそそいだ、道徳観あふれる女性として語られてきた。
しかし、シンシアの見るミミは違う。愛情は一方的、ジョンの気持ちは完全に無視され、突然感情が激変し、刺々しい言葉でひとを攻撃する。ジョンは少年時代からビートルズとして成功したあとも、繰り返しミミの言葉に傷ついてきた。
母親を失ったジョンを、母の分まで愛情をそそいで育てた、というミミにまつわる美談はここにはない。
ブライアン・エプスタイン
60年代、ぼくらがビートルズを知ったころブライアン・エプスタインの評価は絶大だった。凄腕マネージャーとして語られ、ビートルズの音楽よりも、彼の手腕を成功の要因にあげるひともすくなくなかった。
その後、彼が同性愛者で、当初おもっていたほどビートルズを完全に掌握していなかったことが明らかになるにつれて、ブライアンの伝説は少しずつ崩れはじめた。それからの伝記では、孤独癖の強い、麻薬の常用者として描かれる。彼がビートルズの才能を見抜いたのは、ジョン・レノンへの同性愛からだ、とも書かれた。
しかし、シンシアはブライアンがビートルズを見出した才能を改めて評価し、都会へ出てもなに1つ作法をしらないジョンや自分を、公私ともに親切に導いてくれたひととして描く。ジョンとのあいだに、もちろん同性愛的な事実はなかったし、ブライアンのビートルズへの真摯な情熱は最後まで変わらなかった。彼の死で、確実にビートルズは崩壊への道をたどることになった……と。
そして離婚・・・
以前「ビートルズ探検隊」でオノ・ヨーコの話題が出たとき、「探検隊」に彼女のファンがおおいことにおどろいた。ジョン・レノンの理想的パートナーとして、女性アーティストとして、平和運動の闘士として、レノン・ファンの尊敬を一身に受けている。正直、ぼくは当惑した。
ジョン・レノンが「愛と平和の使者」として理想化されるにつれて(その最大の演出者はオノ・ヨーコだとおもうが)、よきパートナーとしての彼女の評価もうなぎのぼりに高まった。
離婚までの経緯は簡単には説明できないが、ある日明らかな事実が起こる。
シンシアに旅行をすすめたのは、ジョン・レノン。ジョンの同行しない旅には気乗りしないシンシアだったが、それでも気の合う仲間との旅行はたのしかった。
帰宅すると、ジョンとシンシアの住む家に、シンシアのガウンを着たオノ・ヨーコがいる。うろたえるシンシア。それを表情もかえず見ているジョン・レノンとオノ・ヨーコ。
「みんなで夕食にいくけど、いかない?」と、目前の現実が受けとめきれず、なにもなかったようにいうシンシア。
「ぼくは行かないよ」とジョン。
その場にいたたまれなくて家を逃げ出したのは、ジョンとヨーコではなく、シンシアの方だった。
ジョンのやり方は冷酷だ。
自分が欲しいものができると、それを手にいれるためには容赦しない。シンシアに離婚状を送付する。身に覚えのない「シンシアの浮気」が離婚の理由にされていた。そんなことがあるわけがないことは、ジョンが一番よく知っているはずなのに。慰謝料を払うことを惜しんだのだ。
ジョンとあって誤解をとこうとしても、ジョンはあおうとしない。都合の悪いことから逃げてしまうのは、少年時代からのジョンの性癖だったと、シンシアは知っている。ピート・ベストがビートルズをやめることになったときも、ジョンは現実から逃げた。ジョンは、バンド・リーダーとしてその理由を説明する責任を回避して、ピートとあうことを避け続けた。そのときと、同じだ。
その後、ヨーコは誇らかに発表する。
「わたしたちの恋は、東洋と西洋の出会いです」。
さすがいうことは、スケールが大きい(笑)。しかし、この言葉には、自分たちが傷つけてしまったひとたちへの配慮が感じられない。世界の平和を声高く叫ぶジョンとヨーコだが、自分の足元は暗い。
シンシアは興味深い指摘をしている。
ビートルズは、世界を相手に回しても動じない強さがあった。その中心にジョンがいた。しかし、そのジョンが、ミミには逆らえなかった。
そして、ヨーコはミミに似ている……。
ヨーコのフィルターを通さないジョン・レノン
本の内容は、ジョンの少年時代からずっと側にいたシンシアの本ですから、興味深い話がたくさん出てきます。
ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターとの出会い。彼らとのたのしい交流。仲のよかった奥さん同士、パティ・ハリスン(ジョージの先妻)、モーリン・コックス(リンゴの先妻)との想い出。
そして何よりも、シンシアは、ジョンに半ば捨てられてしまったジュリアン・レノンのことを深くいたわっています。
シンシアがジョンとの想い出を回想した『ジョン・レノンに恋して』は、オノ・ヨーコというフィルターをはずして、人間ジョン・レノンとぢかに向かいあえるような本といえばよいのか……。