かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

わたしが一番きれいなとき(「茨木のり子詩集」より)


偶然NHKの3チャンネルをかけたら、10分間の茨木のり子(いばらぎ・のりこ)特集をやっていました。番組が紹介していたのは、「わたしが一番きれいなとき」という詩でした。


すばらしい詩です。全文を引用します。

■わたしが一番きれいだったとき

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした


わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で、海で、名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった


わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしく贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残して皆発っていった


わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った


わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた


わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった


だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように……ね


★(「茨木のり子詩集」(思潮社)より)


茨木のり子は20歳のときに、日本の敗戦を迎えています。10代の後半を戦争とともに過ごした世代でした。