かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

溝口健二監督『折鶴お千』(1935年)

豪雨で汽車の止まったホームで待つ男、そして待合室で待つ女、彼らは神田明神を見つめながら昔のことを思い出す。その男、秦宗吉は田舎から出てきたが絶望し、自殺しようとしていたところをその女、お千に助けられたのだった。お千は情夫に悪事の片棒を担がされながら、宗吉を生きがいとして生きるようになっていき、宗吉も苦しい生活を送りながら、医者になるという夢を果たそうと努力するが…。


泉鏡花の『売色鴨南蛮』を溝口が映画化。溝口最後のサイレント作品……(以下、省略)


★「日々是映画」の解説より




昭和10年の作品、無声映画です。


映像がきれいでした。ファースト・シーンは神田の万世橋が映ります。どしゃぶりの雨。停電のため、電車が動かない。ごったがえす駅のホームから、雨の降りしきる神田明神の森をじっと眺める紳士風の男。これが大学教授になった宗吉(夏川大二郎)の現在です。彼は、お千(山田五十鈴)とはじめて会った神田明神をじっと眺めながら、回想にはいっていきます。


映画出演時の山田五十鈴は17歳か18歳だといいます。とてもそうは見えません。男にだまされ、苦渋を舐めた女の凄艶な美しさ。時折見せる表情は怖いくらいです。溝口映画、映像と俳優がつくりだす濃密な空間は、尋常ではありません。


古い神田周辺の景色を見られることもこの映画のたのしみ。ものがたりの舞台になった現在を、写真で紹介しているサイトが、こちらにありました。映画を見たあとなら、新旧の比較がたのしめます。


『折鶴お千』は、溝口映画の傑作の1本だとおもいます。


【追記】澤登翠(さわと・みどり)氏の活弁がビデオに録音されていました。すばらしい口演。単にトーキーの代用ではなく、無声映画活弁で味わうたのしさは、独自のものです。機会があれば、ぜひ1度!