かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

10月3日、従妹と鎌倉を歩く


逗子の伯父さんの全快祝いを兼ねて、叔母、従妹、弟、わたしで、伯父の家へ泊まる約束をしていた。


到着は、みんなバラバラなので、わたしは、上野から従妹と行くことにした。


上野駅の中央改札に10時、従妹と会う。そこから、東京駅へいき、横須賀線へ乗り換える。


車中から一杯やろうと、チューハイを買い込んだら、いまの横須賀線は車内の仕様が、通勤電車の横並びの座席で、4人掛けの向いあいの席ではなかった。肩身が狭いが、喉がかわいていたので、恐縮しながら飲む。


従妹は、最近五所平之助監督の映画を見たが、題名がわからない、というので筋を聞くと、『煙突の見える場所』だった。


話していると、鎌倉までは早い。


★★★


北鎌倉駅で下りる。懐かしい駅の風景。


小津安二郎の映画、『晩春』や『麦秋』に登場する北鎌倉駅を、従妹とぼくは、それぞれ写真におさめた。北鎌倉の駅は、小津映画で見るのと、あまり変わらないようにみえる。




○小津映画を想い、白黒にしてみました。ここに原節子笠智衆が立っているのを想像するのは楽しい。




駅からすぐの円覚寺は、今日がちょうど開山の日ということで、拝観料がタダだった。石段をのぼり、山門をくぐる。



円覚寺の山門。





○境内を歩く。




夏目漱石は、円覚寺で、明治27年の年末から翌年の1月7日まで、参禅の体験をしている。この体験は、小説「門」で生かされた。


漱石は、初めて円覚寺を訪れたときのことを、「門」の主人公宗助の目を通して、こんな風に描く。

山門を入ると、左右には大きな杉があって、高く空を遮っているために、路が急に暗くなった。その陰気な空気に触れた時、宗助は世の中と寺の中との区別を急に覚った。静かな境内の入口に立った彼は、始めて風邪を意識する場合に似た一種の悪寒を催した。


彼はまず真直に歩るき出した。左右にも行手にも、堂のようなものや、院のようなものがちょいちょい見えた。けれども人の出入りはいっさいなかった。ことごとく寂寞として錆び果てていた。


しかし、漱石が訪れたときとは違い、この日は開山記念日ということもあって、境内にたくさんひとが集まっていた。お坊さんが行列をつくって、何か記念儀式のようなことをしている。



○お坊さんの行列を眺める。




しばらく見ていると、従妹が、「お坊さんの靴を見て!」というので、見た。



○こんな靴をはいていた!



★★★


円覚寺から明月院へ歩く。


明月院では、寅さんの映画で、いしだあゆみと寅さんが、この石段の途中で会うシーンがある。


【注】:これはわたしが間違っていて、撮影されたのは長谷の成就院であることをtougyouさんが指摘してくださいました。以下に成就院の写真があります。tougyouさん、ありがとうございます。http://www.mapple.net/photos/I01400111201.htm




従妹は、思っていたより石段の高さがないね、などといいながら写真を撮っていた。



明月院の石段





○本堂の座敷の向こうにある丸い窓がおもしろい。




明月院へ向かう途中から、従妹が「甘いものが食べたい」とか、「お腹がすいた」とか言いだした。


さらには、「結局、どこもお寺は同じようなものでしょ?」という。
「それをいったら、お仕舞いだろうが」と、笑った。


建長寺や円応寺(ここには、いい閻魔像があるのだが)は寄らず、鎌倉八幡宮まで歩く。





○こんな路地へ立ち寄りながら歩くのは、楽しかった。





鎌倉駅の近くで食事。自分だけ、チューハイを飲む。


逗子の家に電話をいれると、もう叔母は到着していた。そのままバスで、伯父さんの家がある、逗子の小坪へ向かう。