10月11日夜。熊谷の「鈴なり」で弟夫妻とあう。
いつも参加してくれる、SFファンのYさんにも声をかけてあったが、最近医者から「アルコール禁止宣言」が出たそうで、今回は不参加。明るくSFで哲学を語るYさんのいないのは、寂しい。Yさんは、わたしたちのなかで、人気があった。
随分飲んで、弟たちと別れ、酒を飲まない家人の運転で川越へ帰る予定でいたが、わたしは眠くなり、家人が疲れたというので、母が住んでいた母屋に泊まることになる。
翌、10月12日は、天気がよかった。
家人はいま、和田竜の「のぼうの城」という小説を読んでいる。小説の舞台が行田の忍城(おしじょう)だった。秀吉方石田三成の、忍城の水攻めが、話の素材になっているらしい。普段博物館などは興味がない家人が、忍城址の博物館へ寄っていこう、といった。
博物館は、父がまだ元気なころ、弟夫妻とともに、寄ったことがある。このころ、すでに父のアルツハイマーは進行していたはずだけれど、わたしたちは、気づかなかった。それに、父には、博物館を見学する知力もあった。
そのころ父は、熊谷の家に、母と住んでいた。その後、長い老人施設での生活がはじまるわけだから、わたしたちが、父とこの忍城址を見学したのは、もう随分前のことになる。
なかは、広い公園になっていて、忍城の「三階櫓」が、展示館として、復元されている。父と見学したのは、この「三階櫓」が復元されてまもなくのころだった。
博物館のなかでは、ビデオが石田三成の水攻めの話を解説している。
城主・成田氏長と二千の兵が忍城(おしじょう)に立て篭もる。これを石田三成軍は水攻めで落とそうとしたが、ついに落城しなかった、という。
しばらく城址の周辺を散歩する。
○復元された忍城「三階櫓」
○忍城周辺
○忍城址から少し歩いたところにあった裸婦の石像
★★★
忍城から行田の町をぬけて、吹上へ出る。荒川土手一面にコスモスの咲くところ(「コスモス街道」)があるので、寄ってみる。
去年は、台風で畑が荒らされ、見る影もなかったが、今年は一面に咲いていた。ただ、本数はまばらで、数年前に見たときのような華やかさはない。
30分ほど、コスモス畑のなかを歩いて、クルマに戻る。