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武者小路実篤の兄、武者小路公共(むしゃのこうじ きんとも)が何かの用があって、夏目漱石を訪ねた。そのときのことを公共は、後年回想している。
話のなかで、公共が、
「夏目さんのお書きになるものには、文章のなかに、深い知識やお考えがはいっておりますが、実篤の書くものは、思ったことをそのまま書くだけで、含蓄がありません」
というようなことをいうと、漱石は、、、
「武者小路さん、それは違いますよ。わたしだって、本当は実篤さんのように思っていることをそのまま書きたいんです」
と答えたという。
人間の心の深奥を懐疑的に描いた印象の強い夏目漱石だが、まっすぐに正直な生き方を愛したひとでもあった。