高校を卒業した若い女性・知寿と71歳の女性・吟子さんの<共同生活>を淡々と描いた作品だ。
両親は離婚していて、知寿は母と暮らしていた。
その母が仕事で中国へいくことになり、残された知寿は、遠い親戚の吟子さんの家で暮らすようになる。
主人公の知寿は、大学は受験せず、正社員として就職もしない。コンパニオンに登録して、時々お金を稼いだり、笹塚駅のキオスクで働いていたりする。
バイト先の笹塚駅は、実名で出てくるけれど、吟子さんの家は、駅名が記されていない。ただ京王線の各駅の電車しかとまらない駅のようだ。
吟子さんの家は、ホームから挨拶が交わせそうなほど駅に近いが、道が塀でさえぎられているため、商店街を通らないと駅までいけない。
ときどき、駅から近道のつもりで前の道を通ってくるひとがあるけれども、吟子さんのうちの塀にさえぎられてしまい、戸惑いながら、また駅へもどっていったりする。
近すぎない距離を保ちながら、知寿は吟子さんとの関係を保っていく。平凡な日常が積み重なっていくが、知寿はそのあいだにも、失恋して、恋をして、また失恋する。
1年が過ぎて、知寿と吟子さんの距離は、同居したころより、少し近づいたようでもあるけれど、知寿が新しいバイト先で(もうコンパニオンもキオスクもやめていた)正社員になり、社員寮へ引っ越すことを、ためらわせるほどではなかった。
なんでもなかったような静かな別れ。
時間が過ぎていけば、やがて吟子さんと暮らした1年間は遠い記憶の隅に追いやられてしまうのかもしれない。
しかし、知寿は、吟子さんとこんな会話をしていた。
「死んだら、この家どうする?」
「欲しいなら、知寿ちゃんにあげるよ」
約束ともいえない冗談のような日常会話だけれど、いつか知寿は、もう一度、吟子さんのいない吟子さんの家に住むことになるのだろうか。
この退屈にもおもえる日常が積み重ねられた文章。わたしの好みだった。