かぶとむし日記

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石原慎太郎氏の「苦役列車」選評





(略)西村賢太氏の「苦役列車」は、これはまた体臭の濃すぎる作品だが、この作者の「どうせ俺は──」といった開き直りは、手先の器用さを超えた人間のあるジェニュイン*1なるものを感じさせてくれる。


超底辺の若者の風俗といえばそれきりだが、それにまみえきった人間の存在は奇妙な光を感じさせる。


日本文学の特性の一つは私小説の伝統にあるが、かって上林暁尾崎一雄が描いた一種の自己露呈に依る人間の真実性の伝統に繋がる。いやむしろ破壊的な自分をさらに追いこみ追いこみ破滅した田中英光の無残さにも通う。しかしこの作家はどっこい生き続けるだろうが、近年珍しい作家の登場と思われる。


(「文藝春秋2011年3月号」371頁)


石原慎太郎という作家にも政治家にも、ほとんど興味がないのに、この選評にはびっくりしてしまった。


冴えた批評だ、とおもう。こんな短い選評で、この作家(西村賢太)の特質を的確にあらわしている。

*1:ジェニュインは、日本の競走馬である。馬名の由来は「正真正銘の、本物の」を意味する英語"Genuine"から(「ウィキペディア」より)。