かぶとむし日記

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藤沢周平『一茶』


新装版 一茶 (文春文庫)

新装版 一茶 (文春文庫)


藤沢周平は、好きな作家のひとり。平明な文章なのに、味わい深く、描く女性の魅力的なことといったら、格別だ。


ところが、『一茶』には、魅力的な女性は登場しない。



義母との関係がうまくいかず、一茶は少年のころ、信濃のふるさとを出て、江戸へ奉公する。が、長続きせず、奉公先を転々とする。


そこで見出したのが俳諧の世界だけれど、才能だけでは食えず、財力ある俳人仲間に寄食しなければ生きていけない。


風流の世界を俳句の糧としながら、一茶には、つねにきょうの飯のことばかりが頭を占めている。


藤沢周平の描く一茶は、ひとを頼り、ときにはおもねりながら、食べることに腐心する一茶の、あさましいほどの処世の苦労が描かれている。


ふるさとへ帰り、父の残した家と田んぼを、義母やその息子と争い、なかば強引にその半分を手にしなければ生きることもままならない俳諧の世界の厳しさ。


読後に甘美な哀感が残る藤沢周平の作品のなかにあって、異質な苦い余韻が残る。