かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

森鴎外『雁』を読む。

雁 (新潮文庫)

雁 (新潮文庫)


東京帝国大学医学生岡田は、本郷から岩崎邸に沿う無縁坂を下って不忍池まで散歩する。その無縁坂の途中に住むお玉と、いつか軽く学帽に手をかけてあいさつを交わすようになる。


お玉は、高利貸しの未造のお妾さんだった。


お玉は、素顔の美しい人のようだ。お玉に医学生の岡田も心惹かれる。


お玉が飼っている小鳥を大きな蛇が襲い、鳥かごに首を突っ込んで、一羽の小鳥を半飲みにしている。


お玉もそれを見ている近所のひとたちも、恐ろしくて手を出せないでいる。その蛇を包丁でふたつに切り離して、苦境を救ったのは、岡田だった。


お玉と岡田のあいだに、あいさつ以上のつながりができたかのようにみえた。しかし、お玉も岡田も、それ以上どうしていいかわからない。


お玉が心焦らせているうちに、岡田はひとの世話で外国へ留学することになり、ふたりの関係はなにも起こらないまま終わってしまう。



豊田四郎監督の映画『雁』(1953年。岡田=芥川比呂志、お玉=高峰秀子)のイメージが強く、小説も2回くらいは読んでいるのに、忘れていることが多かった。とくに映画ではさらっとしか描かれていないお玉の心のなかの記述や、未造のお妾さんになるまでの経緯が、細かく書いてあるのに、それがわたしの記憶から落ちていた。


心のざわめきだけで、何も起こらない。それが淡い美しい情緒を醸し出す。


本郷から無縁坂を下って、不忍池へいく道。あの辺は、散歩で歩いたことがある。そのときも、お玉の家はどのへんにあったのだろうか、と思ったが、見当がつかなかった。もう一度歩いてみたい。


鴎外の小説は、どれもわたしにはむずかしいが、この作品はいい意味で通俗性というか親しみが感じられた。