かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

阿川佐和子著『強父論』を読む。


強父論

強父論


父・阿川弘之を、その娘が回想した本ということになるけれど、そこは阿川佐和子さんが書いたものだから、月並みに父を思慕する本にはなっていない。これでもかこれでもか、と父・阿川弘之の旧悪・わがままが描かれて、「父は、家族にとってとんでもなく横暴な存在だった」という、なんとも可笑しな思い出の記。


これだけ、父・阿川弘之の、家での自分勝手ぶり、旧悪の数々を晒してみせているのに、読んでいて嫌な気がするどころか、むしろ気持ちのいい爽快感が残るのは、さすが阿川佐和子さん。文才というのは、こういうものなのかな。阿川弘之も、あの苦虫をかみ殺したような表情で笑っているだろう。


阿川弘之は、1920年大正9年)12月24日生まれ。昨年の2015年(平成27年)8月3日に、94歳で亡くなった。むかしの小説『舷燈』でも、極端な亭主関白ぶりの主人公を描いていたけれど、阿川佐和子さんの本を読んで、それがあながち小説的デフォルメではなかったことを知って、おもしろかった。


舷燈 (講談社文芸文庫)

舷燈 (講談社文芸文庫)


連載のときに一度読んだことのある『志賀直哉』を、阿川弘之が亡くなったときに読み返してみた。伝記としての緻密な客観性をもちながらも、直に弟子として接したものでなければ書けないエピソードも満載で、おもしろくて読みごたえがあった。


志賀直哉〈上〉 (新潮文庫)

志賀直哉〈上〉 (新潮文庫)


志賀直哉〈下〉 (新潮文庫)

志賀直哉〈下〉 (新潮文庫)



阿川弘之の、師と仰ぐ志賀直哉への徹底した敬愛ぶりは、知られている。その反面に、小説『舷燈』や、今回の阿川佐和子著『強父論』にみえる、強硬で頑迷なわがままぶりとの落差。阿川弘之、おもしろいひとである。


といっても、特攻として飛び立つ学徒兵の複雑な心情を描いた傑作『雲の墓標』などを読むと、そんな単純に片付けてはならないひと、だというのはわかっているけれど、吉行淳之介遠藤周作などの友人から、怒りっぽいので「瞬間湯沸し器」とあだ名されていたエピソードなど思い出し、ついついにんまりしてしまう。



雲の墓標 (新潮文庫)

雲の墓標 (新潮文庫)