- 作者: 夏目漱石
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1952/07/22
- メディア: 文庫
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年末ひさしぶりに夏目漱石の『硝子戸の中(うち)』を読み直してみた。静かな心境で綴る淡々とした漱石の筆致が心に沁みてくる。
それにしても、わたしはむかし読んでいながら、このエッセイに大塚楠緒子(おおつか・くすおこ/なおこ)のことが出てくるのをすっかり忘れていたことに気づいた。当時、わたし自身、この女性にさほど関心がなかったのではないか。だから、そっくり記憶から抜け落ちていた。
漱石が、大塚楠緒子をどのように描いているか。
日陰町(ひかげちょう)の寄席の前まで来た私は、突然一台の幌俥(ほろぐるま)に出合った。私と俥の間には何の隔りもなかったので、私は遠くからその中に乗っている人の女だという事に気がついた。(略)車上の人は遠くからその白い顔を私に見せていたのである。
私の眼にはその白い顔が大変美しく映った。私は雨の中を歩きながらじっとその人の姿に見惚れていた。同時にこれは芸者だろうという推察が、ほとんど事実のように、私の心に働きかけた。すると俥が私の一間ばかり前へ来た時、突然私の見ていた美しい人が、艇寧(ていねい)な会釈を私にして通り過ぎた。私は微笑に伴なうその挨拶とともに、相手が、大塚楠緒(おおつか・くすお)さんであった事に、始めて気がついた。
その日二人は、話らしい話もしないまま行き違いに別れてしまう。その次に会った時、楠緒子は漱石に、「この間は失礼しました」と、挨拶する。
それに対して漱石は、こんなことを楠緒子にいう。
「実はどこの美しい方かと思って見ていました。芸者じゃないかしらとも考えたのです」
その時楠緒さんが何と答えたか、私はたしかに覚えていないけれども、楠緒さんはちっとも顔を赧(あか)らめなかった。それから不愉快な表情も見せなかった。私の言葉をただそのままに受け取ったらしく思われた。
奥ゆかしいような大胆なような、漱石と大塚楠緒子の小さな出会いのシーンをエッセイの中に発見して(単にわたしの記憶から抜けてしまっていただけだが)、たいへん得したような気持ちになった。