かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

道玄坂の歴史を綴った貴重本〜藤田佳世著『大正・渋谷道玄坂』を読む。

大正・渋谷道玄坂 (シリーズ大正っ子)

大正・渋谷道玄坂 (シリーズ大正っ子)



この本のことを、古書ファンのmarcoさんのブログで知る。


garadanikki.hatenablog.com




生涯のほとんどを道玄坂で暮らした藤田佳世さんが、とても読みやすい文章で、明治・大正・昭和の道玄坂を回想する。肩の凝らない著者の文章がたのしい。


藤田佳世さんは、1912(明治45)年生まれ。2003(平成15)年に亡くなられている。


佳世さんが、父母や親戚のひとを回想すれば、明治の時代、子供のころを振り返れば、大正の時代、もっと成長してからは、戦前・戦中、戦後の昭和の時代・・・それを道玄坂というひとつの場所を焦点にして、語られる。


見出しのひとつひとつの挿話がおもしろいし、登場する人物の誰もがとても魅力的。無名な人物なのに、著者の手にかかると、旧知のひとのように親しみがわいて、そのひとの歩んだ人生に共感をおぼえてしまう。



渋谷のスクランブル交差点のセンター街入り口に、「大盛堂書店」という本屋さんがいまもある。時々、寄って本を物色するけれど、まだここで買ったことがない。


この本屋さんが、長い歴史をもっていることを知って、おどろいた。


初代・舩坂米太郎氏が渋谷へ来たのは、明治42年。その2年後に開業。藤田佳世さんは、こんなふうに紹介している。

米太郎氏は開業資金を得るために屋台を引き、それに本を立て並べて、農大、国学院など、この周辺の学校を主にして書籍を売り歩き、二年間の刻苦の末に道玄坂下、十字路の右側に書店をひらいたのである。まだ宇田川橋の欄干がここにあった明治四十四年八月のことであった。


二代目・舩坂弘氏にも激烈な「ドラマ」がある。銃と手榴弾を身につけて敵陣へ飛び込むという「玉砕」を決行したが、九死に一生を得る。舩坂氏が復員兵として日本へ帰ると、

ふるさとの山里にはすでに墓標が建てられ、仏壇には「大勇南海弘院殿鉄居士」という位牌まで飾られてあった。


この舩坂弘氏が大盛堂書店を再建するまでの話しは、この本のなかでもいちばんドラマティックかもしれない。舩坂弘氏には、戦争体験を綴った著書もあり、現在入手可能な『英霊の絶叫 玉砕島アンガウル戦記』をアマゾンから取り寄せた。


英霊の絶叫―玉砕島アンガウル戦記 (光人社NF文庫)

英霊の絶叫―玉砕島アンガウル戦記 (光人社NF文庫)


しかし、全体にはもっとおだやかで、あたたかい「掌編エッセイ」が並んでいる。こんなひっそりした良書は、なかなか自分で探しても出会えない。marcoさんに感謝!