- 作者: 宮本輝
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1985/05/01
- メディア: 文庫
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宮本輝の『錦繍』をはじめて読んだのは、ずいぶん前だ。ネットで調べてみたら、1982年に新潮社で出版されている。ほぼ同時期に『青が散る』も出ていて、これも読んだ。
『錦繍』を読むのは、今回で何度めだろう。電子書籍にあったので、ひさしぶりに読み返してみた。
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宮本輝著『錦繍』は、書簡小説。全編、女と男の手紙で構成されている。
もと夫婦だったふたりが、お互いが好意を持ちながら「ある事件」のために不本意のまま別れなければならなくなる。
10年後、「蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で」ふたりは偶然に再会する。
男性は、ひどくうらぶれたような様子。女性はからだの不自由な子供(8歳)を連れている。
ゴンドラのなかで、ふたりは話をしない。男は、コートの襟を高く立て、外の紅葉を眺めている。女性は、男を見ながらもその姿の変貌におどろき、声をかけられないまま再会は終わる。
小説は、男性の居場所を探し出した、この女性の1通の手紙からはじまる。そこから脈々とふたりの過去の事件、その後のことが語られていく。
冒頭の部分を書き出す。印象的な書き出しで、一気に小説世界に引きこまれてしまう。
蔵王のダリヤ園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リストの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした。私は驚きのあまり、ドッコ沼の降り口に辿り着くまでの二十分間、言葉を忘れてしまったような状態になったくらいです。
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とてもさびしい小説。切ないといってもいい。それは、ふたりの感情が10年経っても整理がついてないから。愛情が冷めてないから。
とくに女性のなかでは、離婚の原因になった「事件」(夫の心中事件)の真相も、そのときの夫の心のなかも、何もわからないまま別れたきりだったから。
二人の手紙のなかで、「事件」のことも、それから二人が過ごした10年の日々のことも語られていく。
わたしは、何度読んでもこの小説に感動してしまう。そしてこの若かった、のほほんとした令嬢が、その後苦労を重ねていく月日に思いを馳せてしまう。もっといえば、この女性に惹かれてしまう。
「モーツアルト」という喫茶店で、あてもなく、ぼんやりコーヒーを飲みながら過ごす女性のさびしい姿が、強く心に刻まれる。
二人のその後がどうなっていくかは、いまあらたにこの本を読もうとするひとのために伏せておきます。