かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

韓国の作家・ハン・ガン著『少年が来る』〜キム・ソンス監督の映画『ソウルの春』。

 

ハン・ガン著『少年が来る』。

 

12月23日㈪。
ノーベル賞を受賞した韓国の作家・ハン・ガン『少年が来る』を読む(まだ30%くらいまで)。


ハン・ガンを読むのははじめて。


この小説、背景や舞台の説明なし。読者をいきなりその厳しい現場に立たせる。

1980 年5月18 日、韓国全羅南道の光州を中心として起きた民主化抗争、光州事件。戒厳軍の武力鎮圧によって5月27日に終息するまでに、夥しい数の活動家や学生や市民が犠牲になった。抗争で命を落とした者がその時何を想い、生存者や家族は事件後どんな生を余儀なくされたのか。その一人一人の生を深く見つめ描き出すことで、「韓国の地方で起きた過去の話」ではなく、時間や地域を越えた鎮魂の物語となっている。


Amazonの書籍紹介)

 

題材になっている光州事件は、韓国のひとたちには多くのひとが知る歴史的事実で、説明の必要がないのかもしれない。

 

が、基本的な知識の乏しいわたしは、最初小説のなかへはいりにくかった。


わずかな予備知識として役に立ったのは、チャン・フン監督、ソン・ガンホ主演の『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2018年公開)。この作品、フィクションをまじえて、わかりやすく「光州事件」を映画化していた。



話をハン・ガンの小説『少年が来る』にもどす。


軍事独裁政権が、民主化をもとめる韓国の民衆を武力で制圧。無差別に発砲し、殺戮する、という前提となる背景は、はじめに描かれない)


読者は、いきなり次々に運び込まれる負傷者と、銃弾などでからだを損傷した「遺体」と向きあい、それらが発する腐臭・死臭のなかに立たされてしまう。しんどい!


その描写が長く続く。


デモを制圧する戒厳軍の攻撃から逃げるとちゅう、負傷した友人を放置した者、友人に見捨てられた「遺体自身」が⋯⋯「想い」を語りはじめる。リアリズムの手法ではない、とわかる。


まだ先が長いので、どうなっていくのかわからない。繰り返すけど、読むのがしんどいので一気に読めない。



夜、Sさんと、韓国つながり、ってわけではないけど、最近気になっていた映画、キム・ソンス監督『ソウルの春』(2024年公開)を「AmazonPrime」で見る(有料)。

 

1970年代末に韓国民主主義の存亡を揺るがした実在の事件を基にフィクションを交えながら映画化し、韓国で2023年の観客動員数第1位となる大ヒットを記録したドラマ。


(「映画.com」から)

https://eiga.com/movie/101014/


1979年、クーデーターが起こる。独裁的な大統領が側近に暗殺され、国民は民主化を期待したが、そのあとを引き継いだチョン・ドゥグァン保安司令官(悪いヤツ。ちょっと菅◯偉元総理に似ている?)が、「甘言」や「脅し」で仲間をどんどん引き込み、さらなる独裁政権を掌握しようとする。


それを阻止しようとする、高潔な首都警備司令官イ・テシン(カッコいい二枚目!)との闘い。


ふたりの駆け引きと武力衝突で、情勢が二転三転する。ムダのないスピーディな展開。退屈する暇がない。


「悪」と「善」がはっきり分かれている。これでいいのか、とおもわないでもない。しかし、結末が「勧善懲悪」とならないのは、史実ゆえか。


史実と虚構の照らし合わせをするには、わたしが韓国の歴史を知らなすぎるが、年代順にみると、このあとに、学生・市民の抵抗を軍部が弾圧する「光州事件」が起こる⋯⋯のでいいのかな?

 

正しい基礎知識がないので、おかしなところを訂正してくださると助かります。