かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

吉田修一『熱帯魚』を読む 〜 映画『ブライアン・エプスタイン⋯⋯』を見る(否定的な映画の感想になります)。

『ブライアン・エプスタイン 〜世界最高のバンドを育てた男』。


 

 

9月27日土曜日。

「TOHOシネマズシャンテ」へ、Sさんと『ブライアン・エプスタイン〜世界最高のバンドを育てた男』(ジョー・スティーブンソン監督)を見にいく。11時15分からなので、少し早くいき、近くのドトールで40分ほど本を読む。

 

読みかけは吉田修一の『熱帯魚』

 

 

 

◯「熱帯魚」

◯「グリンピース」

◯「突風」

 

三編が収録されている。

 

全体に思うのは、文章が視覚的なこと。全感覚をひらいて、描写されていること。

 

海辺を描けば、そこに自分もいて、いちごの氷を食べながら、水着の女性が通り過ぎるのを眺めているような気分にされる(あくまで比喩だけど、笑)。

 

落語家の名人が、雪が降り積もる「鰍沢(かじかざわ)」を演じると、夏でも見ている客が思わず身震いして襟をあわせてしまう、という話をきいたことがある。

 

吉田修一の小説なら、冬読んでも夏の海辺にいるような気分になれるだろう──そんな気がした。

 

11時少し前、待ち合わせているカズエさん(セキネさんの奥さん)から「映画館に着きました」というメールがSさんにはいったので、ドトールを出る。

 

 

カズエさんとは1年前くらいにポール・マッカートニーの写真展を一緒に見たことを思い出す。わたしの同世代で熱心にビートルズの話ができる貴重なひとり。

 

彼女とわたしは日本武道館ビートルズ公演を見ている。年季だけは入っている(笑)。

 

それはいいとして『ブライアン・エプスタイン〜世界最高のバンドを育てた男』はどうだったか?

 

 

 

【予告編】

www.youtube.com

 

 

 

ザ・ビートルズ」を世界的な成功に導いたマネージャー、ブライアン・エプスタインの実話を描いた伝記ドラマ。マネージャーとして辣腕を振るう一方で、業務過多や自身がゲイであることによる偏見などに苦しみ、やがて薬物に依存するようになっていく姿を通して、エプスタインの短くも濃厚な半生と、世界的バンドの知られざる内幕を描き出す。

 

 

(「映画.com」より)

 

 

 

 

大きな不満を2つあげる。

 

 

まず一つめ。

 

ビートルズを演じた4人がダメ。いや、ポールは少しマシかもしれない。ジョージ・ハリスンを見て「え??」とげっそりした(笑)。役者に演奏や歌を歌わすとすれば、選択肢は狭まるけれど、それがなくて、ただそっくりさんを選んだとすればあまりに「芸」がない。

 

似ている似ていないは主観によるからいいとしよう。

 

例えば、少し前に見たボブ・ディランの映画『名もなき者』ディランを演じたティモシー・シャラメジョーン・バエズを演じたモニカ・バルバロはすばらしかった──とくに顔が似ていた、というわけじゃない。それが映画を見ているうちに、ディランにもバエズにも見えてくる。それが映画が発信するパワー。映画『名もなき者』は秀逸だった。

 

同じビートルズ映画ならイアン・ソフトリー監督の『バックビート』(1994年公開)がある。

 

主にジョン・レノンと亡くなったベーシスト・スチュワート・サトクリフを中心に、デビュー前──ドイツ・ハンブルグの歓楽街で演奏する、若き日のビートルズが描かれている。

 

この映画でジョン・レノンを演じたイアン・ハートがよかった

 

いつもイライラ、何かに怒っているジョン・レノン

 

顔が似ているわけではない。

 

が、バンド・リーダーの、先の見えない焦燥感を、イアン・ハートがみごとに演じていた。

 

もう一つは音楽そのもの。

 

ビートルズの楽曲を使用する権利がとれなかったのだろうか。ビートルズのオリジナル・ソングは出てこない。全曲R&Bのカバー。

 

後半「世界同時中継」で「愛こそはすべて」を歌うシーンもそう。準備段階の様子は映すが、音楽は流れない。なんか半端な気持ちのまま、映画は先へ進む。

 

初期のビートルズはR&Bのカバーを盛んにやっていたから、それはそれでいいとするにしても⋯⋯。

 

当時のビートルズを再現するなら、いま音のよくないデモ・テープで残っているビートルズの演奏をなぞるのではなく、そのときそこにいた人たちが聴いた「採れたてのビートルズ」を聴かせるべきじゃないの──とおもった。

 

それをやっているのが先程あげたイアン・ソフトリー監督の『バック・ビート』。ハンブルグ時代のビートルズの演奏を音の悪いライブ録音をただ似せて復元しているのではなかった。

 

ハンブルグ時代、ビートルズはパンク・バンドだった──と監督は解釈している。世の中への不満や場末バンドに甘んじている自分たちへの怒りを、激しいロックンロールにぶっつけていた。

 

【最後に映画『バック・ビート』のライブシーンをあげておきます】

 

それを表現するために、イアン・ソフトリー監督は、1994年の「バック・ビート・バンド」を映画のために結成している。パンク・バンドの血をひく当時の最先端のオルタナティブ・ロックのバンドからメンバーを選んでいる。

 

その効果はあった。

 

若き日のビートルズが1994年に存在してたら、こんな演奏をしていただろう、と映画独自の解釈をしている。わたしはそのことに感動した。

 

 

 

 

映画『ブライアン・エプスタイン⋯⋯』のストーリーは、一般的なビートルズの伝記をなぞっている。映画独自の一歩進んだ、あるいは一歩深めた解釈がない。伝記の記憶にある通りのエピソードがただ連なっていく。

 

 

主人公・ブライアン・エプスタインの人物も多くのビートルズの伝記もので描かれている通り。もう一歩の深まりがない。

 

 

映画が終わって、カズエさんもSさんもメンバーの顔がイマイチということで不満をいっていたが、わたしは映画そのものが不満だといった。

 

でもそれは映画を見たからこそいえるので、そういう意味でやっぱり見てよかった。

 

 

 

 

日暮里駅まで移動して、セキネさん(夫)と合流。Sさんが東京へ来ると愛用している中華屋さんで、4人して食べ・飲む(Sさんは食べるだけ)。

 

 

 

「バック・ビート・バンド」の「のっぽのサリー」。役者と演奏者は別。演奏がすばらしい!

www.youtube.com