かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

寺崎みずほ監督のドキュメンタリー映画『佐藤忠男、映画の旅』を見る。





4月5日(日曜日)
「川越スカラ座」へ、Sさんの運転で、寺崎みずほ監督ドキュメンタリー映画『佐藤忠男、映画の旅』を見にいく。

 


有料駐車場へクルマを置く。12時の映画スタートまでまだ時間がある。川越の町へ出てみた。まだ歩いている観光客が少ない。

 


時間まで町中のベンチにかけて、読みかけの本の続きを読む。Sさんは、町をぶらぶらして、またここへもどってくる、という。

 


読みかけの本は、伊藤左千夫の『野菊の墓』。このブログで何度か取り上げたことがある。

 


映画化は何度もされているけれど、傑出しているのは、木下恵介監督『野菊の如く君なりき』(1955年公開)。

 

 

中学生のころテレビで見て、すごく感動し、それから原作も読んだ。その後も、何度か読んでいるはずだが、今回久しぶりに読んでやっぱり感動し、最後には胸が熱くなった。

 


舞台になっているのは明治時代の松戸(千葉県)。まだ田舎だった。農家の様子が詳細に描かれている。わたしが生まれたのは、熊谷(埼玉県)の古い農家だったが、イメージに重なるところがあって、郷愁を覚えた。

 

 

(註:映画では舞台が信州になっていて、より美しい山河の風景を、木下恵介監督は、白黒映像で撮っている)

 

 

川端康成『伊豆の踊り子』武者小路実篤『友情』と並んで、忘れられない青春文学の傑作として、わたしの記憶に刻まれている。

 


今回の読書のきっかけは、「taku6100」さんのブログ「一日の王」から。

 

 

ブログ「一日の王」には、『野菊の墓』のほかにも、伊藤左千夫作品が紹介されている。わたしは、他の伊藤左千夫の小説を読んだことがないので、これから少し読んでみようか、と思った(電子書籍では「青空文庫」でほとんど無料で読めるし)。

 

 

takuさんのブログ「一日の王」(2026-03-05)
https://taku6100.hatenablog.com/entry/2026/03/05/173237

 

 

 

【予告編】

www.youtube.com

 

 

【「映画.com」の解説より】
独学で映画評論の道を開拓し、60年にわたる評論家人生で日本映画史を体系化した功績、そして後年にはライフワークとしてアジア映画を発掘し日本に先駆的に紹介した功績から、映画評論家として初めて文化功労者に選出されたことでも知られる佐藤忠男。庶民の目線から多岐に映画を論じ、アジアとの映画交流や後進の育成にも尽力したが、2022年3月に91歳で逝去した。


 



佐藤が学長を務めた日本映画学校(現日本映画大学)での教え子だった寺崎みずほが初監督を務め、2019年より佐藤に密着取材を実施。少年期の戦争体験や映画との出会い、映画人生の長い道のりを共に歩んだ最愛の妻・久子との出会い、そして佐藤が愛したインド映画「魔法使いのおじいさん」への思いなど、生前のインタビューや世界の映画関係者の証言を通してその人物像に迫り、佐藤の“たからもの”を探すべく日本からアジアへと旅に出る。
https://eiga.com/movie/104534/#google_vignette

 

 

 

 

観客は7,8人といったところ。残念ながら「川越スカラ座」の場合、こういう少人数のときが珍しくない。

 


佐藤忠男は、定時制高校を卒業し、いくつかの職業につきながら(運の悪さもあって)長続きせず、その代わり、一貫して映画が大好きで、見た映画の感想・評論を繰り返し映画雑誌に送り続ける。

 

 

投稿が何度となく掲載になったことから「映画評論家」としての道がひらけていく。

 

 

佐藤忠男の伝記的な映像には興味があった。著書で接することが多かったので、映像で佐藤忠男を見るのが、まず新鮮だった。

 


わたしが佐藤忠男の本を読んだのは、20 〜 30代のころが中心で、内容は主に日本映画についての評論が多かった。黒澤明監督や小津安二郎監督の映画について書かれたものなどを読んだ。

 


黒澤明監督の映画『用心棒』(1961年公開)における、二つの陣営のヤクザ闘争は、東西冷戦(米・ソ)の縮図を連想させる、という指摘に、「そんな見方があるのか」とおどろいたものだった。

 


佐藤忠男は、『七人の侍』(1954年公開)をはじめとして、黒澤時代劇の農民や貧しい庶民の描き方に、注目している。

 

 

黒澤映画は、強いものはあくまでかっこよく、弱いものは徹底してみじめに描く──そんな分断を、佐藤忠男は、黒澤映画のマイナス・ポイントにあげていた。

 


佐藤忠男が歩んできた生い立ちの苦労が、黒澤明の、弱者に対する容赦ない描き方に反発を覚えてしまうのかもしれない、と、わたしは思ったものだった。

 


佐藤忠男に指摘されるまで、黒澤映画の力強さにしびれるほど感心していた時代だったから、それからちょっとずつ見直しがはじまった。佐藤忠男の見方に共感し、黒澤明の勇猛さが、少し気になるようになってしまった(今も好きな監督の一人ではあるけれど)。

 


 

 

話が映画『佐藤忠男、映画の旅』からそれてしまった。

 


映画佐藤忠男、映画の旅の主題は、佐藤忠男がいままで日本では注目しなかったアジア映画を発見し、共感し、その紹介に力を注いでいったことに集約していく。

 

 

今の韓国映画の隆盛より前の時代──佐藤氏は、韓国、中国のほかに、インドやモンゴルやベトナムのなかにも良質な映画があることを発見していく。

 


残念ながらわたしはアジアの映画についてほとんど知らない。その素晴らしさを教えてもらっても、今それを味わえる環境から遠い。

 

 

なので、「佐藤忠男とアジア映画」というテーマに理解が追いついていかない。

 


佐藤忠男は、小津安二郎監督の『東京物語』(1953年公開)と同じくらい素晴らしい作品として、インド映画の『魔法使いのおじいさん』(G.アラビンダン監督。1979年公開)をあげている。

 

 

機会があったら、このインド映画を見てみたい──そう思いながら「川越スカラ座」を出た。