かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

廣木隆一監督『ヴァイブレータ』(2003年)


ヴァイブレータ スペシャル・エディション [DVD]


2003年のシナリオを集めた本に、山下敦弘監督の『ばかの箱舟』がはいっていたので、図書館で借りてきて読む。そのなかに、この『ヴァイブレータ』も収録されていた。シナリオを読み、それから、映画を見て、原作も読んでみた。


ですから、、、


この作品を3回楽しんだことになる。


それほどこの作品が好きか、というと、それがよくわからない(笑)。たまたまそういう違った角度で、1つの作品を見るとどうなのか、という興味があった。


荒井晴彦のシナリオは、モノローグのおおい赤坂真理の原作を、映画にならないところは大胆に削っている。映画はシンプルな構成で、簡潔になった。うまい脚色だと、感心してしまう。



コンビニで若い女が、トラックを運転している若い男とあう。女は急激に「この男にさわりたい」とおもう。「この男を食べたい」とおもう。それで、女は男に突然トラックの「道連れ」を志願する。


女は、30歳(だったかな?)、男は26歳。「なんだ年下じゃないか」と女はおもう。二人は、トラックのなかで、心も身体も濃密な時間を過ごす。


原作では、女の精神はかなり壊れかかっている。しかし、映画では直接的にそういう描写はない。ただ女のもろさは、映画でも表現されている。むかし悪い時代をすごした男だが、この男は、壊れやすいもの、柔らかいものを、優しく包みこむ本能をもっているようだ、と女はおもう。男に包まれていると、女は、お酒を飲まなくても気持ちよく眠ることができる。


原作は女のモノローグや回想がおおいが、映画はトラックのなかの二人の会話ですすんでいく。ロード・ムービーで、東京から国道17号線通って、新潟へ走る。季節は冬で、新潟は雪景色だ。


トラックのなかでは、フリーのトラック持込みで配送するしくみや、無線仲間のことなど、具体的な話がリアルに交わされる。原作者にどの程度経験があるのかわからないが、細部がしっかり描かれているのがいい。


女は、太らないために、食べるとすぐに吐く<食べ吐き>をやっている。これをやっていると、おいしいものを食べてもすぐに吐くので太らないのだ、とそんな話をする。


男は、少年時代シンナーを売って儲けた話、女を買ってひどいことをする男たちを殴り恐喝したときの話、ストーカーにしつこく追われた話などをする。


通常の男女の恋愛よりも、濃密で謎めいた時間が二人の中を流れていく。恋愛映画ではないが、男女のつながりの奥深くへ分け入っていく。


映画を見たあと原作を読むと、長いモノローグがぼくには、少しうるさく感じられた。映画はすっきりしている。しかし、それでは通常、女の抱えている心の痛み、不安などの病んだ部分が表現しにくい。


それをすべて補っているのが寺島しのぶという女優の存在感だった。孤独で少し病んだひとりの女を、徹底的に、しかし自然に演じきっていて、寺島しのぶ本人の姿を見ているような迫力がある。彼女自身の心と身体の深奥をのぞき見ているようなきわどいリアル感がある。


ラスト・シーンはこれから見るひとのために語れない。で、間接的にいえば、じつにさりげなくて、切ない。


こうして書いていて、ぼくはこの映画がかなり好きなことに気づいた(笑)。