- 作者: ねじめ正一
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2012/03
- メディア: 単行本
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団塊の世代といわれる昭和20年代くらいのわたしたちは、広い公園や満足な運動場がなかったので、空き地や田んぼで、野球のまねごとをやりました。グローブをもっていないひとは、素手で守りました。バットがないときは、太い代わりの棒を探してきて、バッドにして遊びました。
子どもたちは長嶋茂雄に憧れていました。
僕には父さんがいません。僕が父さんと別れたのは僕が小学校二年のときでした。父さんと後楽園球場で長嶋を生れて初めて見ました。巨人対阪神戦でした。
長嶋はグランドにいました。長嶋が光っていました。長嶋しかいません。長嶋はちょっと内股歩きでした。長嶋はバットを握るときに手に唾しました。長嶋は笑っていました。長嶋はショートゴロまで捕ってしまいました。グランドには長嶋しかいませんでした。かっこよかったです。僕はジュースを飲みました。父さんはビールとお酒を飲みました。
こんな冒頭ではじまる文章を読んでいると、長嶋に憧れていた小学生のころを懐かしく思い出してしまいます。
この少年は、野球がうまく、サードを守り、長嶋を神様のように崇拝しています。長嶋の写真を見ると、それがいつどんなときの長嶋の写真なのかぜんぶ説明できるくらい、長嶋のことならなんでも知っています。
この少年の父親は詩人ですが、物語の冒頭でいなくなってしまいます。少年の母は、ほとんど少年に関心がなく、家のなかでも、口をききません。
でも、少年には、いつも長嶋がいました。
★
冒頭の文章に惹かれ、一気読みしました。びっくりするほど的確に、長嶋のあのときこのときの場面が、少年の目を通して描かれています。
わたしが知っている、むかしいっしょに遊んだ「長嶋少年」の顔を思い出し、この本を彼に贈ってみようとおもいました。