かぶとむし日記

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小津安二郎監督の無声映画『出来ごころ』(昭和8年)を見る。

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『出来ごころ』。春江(伏見信子)と喜八(坂本武)。




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喜八(坂本武)は、仲のいい歳下の同僚・次郎(大日方傳=おびなた・でん)と日雇い労働で生計を立てている。家族は、富夫(突貫小僧)とふたり暮らし。


ある日、喜八は、身寄りのない若い女性・春江(伏見信子をみつけ、食堂のかあやん(飯田蝶子にあずける。かあやんは、春江は気立てがいいし、若い女性がはいって食堂は繁盛するし、よろこんでいる。


喜八は、春江をはじめて見たときから、熱をあげていた。


かあやんから、「春江さんのことで相談がある」といわれたときは、自分との結婚話ではないか、と勝手に想像してにやつく。


が、かあやんから、「春江さんは、次郎が好きなようだ。次郎の気持ちをきいとくれ」とたのまれる。喜八は、すっかり落ち込むが、次郎へ春江の気持ちを伝える。


しかし、次郎は、喜八が春江を好きなことを承知してか、春江には終始冷たい態度をとっていて、喜八が春江のことを話しても素っ気なく断る。


そうこうするうちに喜八の息子・富夫が高熱を出す。医者を呼んで、ぶじ回復するが治療代の50円が払えない。


春江は、喜八への恩返しに、自分が50円を工面するというが、それは身体を売ることだ、とさっした次郎は「女のくせにさしでがましい口を叩くな」と怒る。


次郎は、喜八には内緒で、「蟹工船にのってつくってくるから」と、親しい床屋のおやじに50円を借りる。


プロレタリア文学の作家・小林多喜二蟹工船という小説がある。蟹工船のなかでは、暴力、虐待、なんでもありの過酷な労働が黙認されていた。労働者は、過労や病気で次々倒れていく・・・。


床屋のおやじは、「おれはこの50円がなくてもやっていける。どうか使ってくれ」と、次郎の蟹工船」行き、をとめる。


みんなが喜八のために、お金を都合しようと必死だった。



『出来ごころ』は、喜八という名前の人物がはじめて登場する小津作品。


その後、人物も職業もちがうが、喜八という名前だけが共通の、坂本武演じる人情喜劇がつくられる。


「喜八もの」とよばれた。


おひとよしで義理と人情に厚い男「喜八」は、山田洋次監督の寅さんの前身のようにも感じられる。


それと次郎役の大日方傳(おびなた・でん)がかっこいい。無精髭をはやしているが、いまふうの二枚目。春江が恋をするのもムリがない(笑)。




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大日方傳(おびなた・でん)。




友が恋する女性を、自分に好意があるのを知りながら冷たく突き放す次郎は、下層と上層、階級はまるでちがうが、武者小路実篤作『友情』大宮を連想させる。


戦後、小津安二郎監督は、日本の上流階級に近いひとたちを自作に登場させるようになるけれど、このころは日々の生活にも困るような下町のひとびとを描いていた。