山田洋次監督の『キネマの天地』は、1986年の映画。
映画館で見たあと、DVDで2度見ている。今回は、妻がひさしぶりに見てみよう、というので近くのレンタル店「ゲオ」で借りてきた。
★
松竹大船撮影所50周年記念作品。
まだ松竹が大船へ移る前の「松竹蒲田時代」を舞台に、ファンから熱い支持を受けていた映画の青春時代を描いている。
★
ストーリーの中心は、映画館の売り子だった田中小春(有森也実)が、小倉金之助監督(すまけい)に見初められ、厳しい演技の指導に悩みながらも、松竹のスター女優に育っていくという話。
登場人物のほとんどは架空だけれど、モデルを想像できる人物も登場する。
有森也実が演じる主人公・田中小春のモデルは、田中絹代(?)。
大仕掛けな題材を避け、慎ましい庶民の哀感を描く、「蒲田調」といわれる松竹の基本路線をつくりあげた城戸四郎所長を、9代目・松本幸四郎。
蒲田の看板女優でありながら、恋人とともにソ連へ亡命した岡田嘉子を、松坂慶子(きれい!)。
★
また『男はつらいよ』シリーズの面々もそろって出演している。()内は、寅さん映画での役名。
当時毎年2本ずつ撮られていた『男はつらいよ』シリーズが、この年は『キネマの天地』を山田洋次が監督するため1本だけになり、寅さん映画のレギュラー陣は、こちらの作品に大挙流れている。
渥美清の役は、元旅役者で、主人公・田中小春の育ての親。 名前は「喜八」。
「喜八」という名前は、戦前の小津安二郎作品に登場する。
「喜八」は、貧しくても人情の厚い寅さんの前身のような男で、映画によって役柄はちがっても、共通の名前で登場し、「喜八もの」とよばれたりしている。
『キネマの天地』では、渥美清が、長屋(ながや)で暮らす元旅役者という設定で、小津安二郎が戦前に撮った「喜八もの」を継承している。
★
山田洋次は、「蒲田調」、「大船調」を現代に引き継いでいる監督といわれている。
大島渚、吉田喜重、篠田正浩などが颯爽と登場し、松竹の伝統映画を否定し、松竹ヌーベルバークといわれる新しいブームを起こしたときも、山田洋次監督は、貧しい庶民の哀感を描く映画にこだわった。
それがやがて「男はつらいよ」シリーズに結実していく。
「男はつらいよ」シリーズは、映画の観客が激減する時代のなかでも、たくさんの観客を集め、傾きかけた松竹の財政を支え続けた。
松竹映画の歴史をいちばんよく知る山田洋次監督が、映画草創期のころの熱気を伝えてくれる。
お酒を飲みながら、肩が凝らずにたのしめた。