かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

尾崎一雄の作品について

tougyouさん、尾崎一雄の作品系列って、おおざっぱに3つくらいに分かれそうです。1つは、奥さんをモデルにした「芳兵衛もの」ですね。彼が芥川賞をとったのが「暢気眼鏡」ですが、これがすでに奥さんとの話です。


■奥さんをモデルにした芳兵衛もの
主人公(尾崎一雄)は、芳兵衛と結婚したが、小説が売れず、どん底で、家にあるものを売り食いするような生活。しかし、芳兵衛は、何を考えているのか、そういう生活がたのしそうで、着物を質屋にもっていき、それがお金に換わると感動している(笑)。貧しくて挫折しそうな主人公は、明るい妻に救われながら、一念発起、小説を書き続ける。

この手の作品が何作かありますけど、どれもおもしろいです。「玄関風呂」という短編は、作家仲間だかに、家に置くお風呂をもらってきたが、借家が狭いので置き場所がない。それで、玄関に設置する。客がガラと玄関をあけると、まずはお風呂があるわけです(笑)。別段かまわないのだが、時々来客があると、風呂に入っていた芳兵衛が「うわー」と声をあげて裸で奥へ逃げてきたりする‥‥そんな話。

そんな苦労知らずの芳兵衛が、とうとう自分の金歯を質に売って、お金をこしらえてくる。尾崎は、自分が情けないとおもう。「暢気眼鏡」といって、いつもからかっている芳兵衛だが、本当に「暢気眼鏡」なのは、自分自身ではないか、と思う。

喧嘩と博打に強い尾崎一雄は、実家の財産を傾けさせるほどの放蕩モノで、喫茶店を経営する女性のひもになったり、マージャン賭博で勝ちながら生活したりと、一種無頼派的な素質をもちながら、次第に家庭人としての生活をとりもどしていく。そのなかで、のんきで明るい妻との交流が描かれていきます‥‥ぼくは、最初は、この系列の作品がおもしろいのではないか、とおもいます。「暢気眼鏡」も短編ですから、そこに何が収録されているのかわからないのですが、最初に読むのは、この文庫本がよいのではないでしょうか。

暢気眼鏡 (新潮文庫)

暢気眼鏡 (新潮文庫)


■後期の心境小説もの
2つめですが、「芳兵衛もの」に続いて、尾崎は、大病をした後期になって、「虫のいろいろ」などの心境小説を書いています。「暢気眼鏡」にしてもそうですけど、尾崎はことさら読者サービスをするタイプの作家ではないので、筆致は抑えたリアリズムで、晩年になると、底光りがするような精密な短編を書いていきます。「暢気眼鏡」のようなおもしろさはありませんが、静かに身辺を観察しながら彼の人生観を周囲のいきものなどに投影しています。おそらく、短編集「虫のいろいろ」は、この系列の作品が何作か収録されているのではないでしょうか。

虫のいろいろ 改版 (新潮文庫 草 49B)

虫のいろいろ 改版 (新潮文庫 草 49B)


■ノンフィクションもの
それから、小説ではありませんが、正確で無駄のない文章、冷静に事実を見つめる尾崎の目は、ノンフィクションにも適しています。彼の「あの日この日」(長編)は、あくまで尾崎一雄の目を通した「私的昭和文壇史」ですが、堅苦しいところがなく、平易な文章で、尾崎と交流のあった志賀直哉太宰治壇一雄など、さまざまな作家との交流が、至近距離からおもしろく描かれているので、これはすごく貴重な作品だとおもいます。学者や評論家が描く文壇史とは一味違うおもしろさがあります。


【まとめ】

  1. 「暢気眼鏡」をはじめとする芳兵衛もの。
  2. 「虫のいろいろ」を代表とする心境小説もの。
  3. 彼は志賀直哉の想い出など、すぐれたノンフィクションものを断片的に残していますけど、その集大成的な作品が、「あの日この日」です。

簡単な紹介ですが、tougyouさん、お役に立てれば、幸いです。