ジョンは、最初に、若い女性を選択し、妻や子を見捨てて家を出ていった、父を失いました。
それから、ジョンは、母を事故で失いました【注1】*1。
母を失ったジョンは、いわば手負いの獅子でした。
ドイツのハンブルグでは、客席の前列にいる女の子をからかう酔っ払いドイツ人に、ナチスの敬礼をやってのけ、「汚ねえ手でさわるんじゃねえ、ブタ野郎!」と、いってのけました。
ドイツにいて、ドイツ人をののしれば、相手は集団になってかかってくる。ジョンだけでなく、ビートルズのメンバーは、なんどか乱闘のなかにまきこまれていたようです。
喧嘩・乱闘、だけでなく、ジョンは恐喝もやりました。ところが、かつあげする相手の船員が、しこたまお酒を飲ましたのに、あまりに強いので、返り討ちにあったとか(笑)。笑い話にならないようなエピソードもあります。
ジョンは、もったいぶったもの、権威ぶったもの、厳粛をきどるものを嫌いました。それが程度を超えると、2階から、下を通る尼さんたちに小便をかける……そんなバカバカしい行為に及んだことも。
ビートルズは、20代前半で世界的な成功をおさめ、どの国を訪問しても、たくさんの質問攻めにあいました。質問する側は、イギリスのリバプールから登場した、流行の「色物」を心の底ではバカにしていました。世界中で、同じようなくだらない質問がビートルズに集中しました。
「あなたたちの音楽は雑音ですか。自分たちではどうおもいます?」
「最低だね。くだらないよ」
「アメリカのお土産は?」
「お金!」
「その長い髪は本物ですか」
「カツラだよ。ついでに内緒で教えてあげるけど、ぼくらはみんな耳も聴こえないんだ」
「ビートルズの成功の原因は?」
「陽気のせいだろうよ……それがわかれば、おれたちは、マネージャーをやって、楽してもうけるさ」
■回答の主が誰であれ、同じようなものです。当時のビートルズは一枚岩のバンドだったのです。
そのときどきの、したかかで、ユーモラスな応答が、さらにビートルズの魅力として、愛されました。しかし、どこかふてぶてしい彼らの態度は、けっしてみせかけではありませんでした。
ジョンとビートルズは、世界を相手に、「権威なんて、おれたちの知ったことじゃねえ」と発信しました。それは、ユーモラスにまぶしていったので、あまり気づかれませんでしたが、ファンは直感的にビートルズの「真価」を理解していました。
若くして、世の中の偽善性を見抜いてしまった手負いの獅子=ジョン・レノンを、ジョージも、ポールも、あとから参加したリンゴも深く敬愛していました。4人は、それぞれ個性的でありながら、バンドとしては「全員=ジョン」だったのです。
しかししかし、、、
いまの「ラヴ・アンド・ピース」のジョン・レノンは、この物語とはちがいますね。先のお話は、まだオノ・ヨーコというひとがあわられる以前のお話でございました。
*1:「マザー」:この曲には、父と母を失った心の痛みが痛切に歌われています。