かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

木内昇作『漂砂のうたう』


漂砂のうたう

漂砂のうたう




著者は、木内昇(きうち・のぼり)。表題は「漂砂(ひょうさ)のうたう」と読む。



時は、明治10年ころ。折々に西南戦争の話が出て、最後には、西郷が敗北したことが、背景の話題として語られる。


舞台は、当時文京区の根津にあった廓。近くに大学校ができるので、花魁も、学問をしなければならない、と、根津の廓では、「花魁学校」をつくることが検討される・・・。大学校の書生は、将来の有力な上客候補だからだ。


この作品は、スジが動きそうでいて、なかなか動かない。しかし、それがかえっておもしろい。著者の興味は、スジの変化よりも、根津の廓の風景、そこに働く、花魁、番頭などの人物を、リアルに描くことにある。



個人的な興味としては・・・当代随一の噺家、縮れ毛の男、三遊亭圓朝が、毎夜、自作の「怪談鏡ヶ池操松影」を連続で、口演している描写がうれしい。

圓朝はやはり、声を張ることはない。噺を聞こうと客のほうが身を乗り出すうち、噺家の呼吸に自然に飲まれてしまうのだ。知らぬ間に虚構にからめ捕られていく。


(略・・・圓朝が口演する怪談の一部が描かれている)


(外の)雨音が一段と激しく屋根を打っている。噺が熱を帯びてきたせいか、圓朝がさっきよりずっと近くに座っているように感じられた。


この「噺が熱を帯びてきたせいか、圓朝がさっきよりずっと近くに座っているように感じられた」という文章がいい。