かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

萩原健太著『ボブ・ディランは何を歌ってきたのか』を読む。 


ぶ厚い本なので、外出に持っていくこともできず、読み終わるまでに3カ月もかかってしまった。そのかわり、自宅で少しずつ読んだので、本の内容にあわせて、実際にボブ・ディランの音楽を確認しながら読むことができて、これはこれでよかったかもしれない。


ボブ・ディランの50年を俯瞰した本としては、先に湯浅学著『ボブ・ディラン――ロックの精霊』 (岩波新書)が出ている。この新書は、とてもわかやすく、それでいて読みごたえのあるディラン入門書で、最初にボブ・ディランのことを概観するのなら、この新書で十分かもしれないが、、、



しかし、それにしても、萩原健太さんの本は、その分量のすごさからも圧倒される。内容も半端でなく濃い。書きながらノッテきて、どんどん長くなってしまった、と、本人がラジオでコメントしていたけれど、読み終えてなっとくした。



ボブ・ディランは稀代の天才・奇人ではないか、といつもおもう。彼の音楽も行動も予測がつかない。50年近く彼の音楽を聴き続けているのだから、少しはわかったような気になりたいけど、むずかしい。


ボブ・ディランは何を歌ってきたのか>


というタイトルなので、萩原健太さんのこの1冊を読めば、ボブ・ディランの歌の核心がつかめるのか、とも期待したけれど、結論からいえば、健太さんの本を読んでも、やっぱりわからない(笑)。


それでも、萩原健太さんはいろいろな可能性を指摘しているし、ディランのわかりにくさがどのようなところにあるのか推論しているし、それに刺激され、それを確認するために、またボブ・ディランを聴きたくなる。



2000年代になって、ディランはそれまでの混迷がウソのように充実したアルバムを次々発表している。現在のところ最新作である『テンペスト』(2012年)を、とても気にいっている。


Tempest

Tempest


たえず、歌声が変化していくディランだけれど、一時期の語尾が裏返ってしまう不安定なヴォーカル時代が終わり、近年はダミ声に、自信と味わいが増している。


もっと新しいボブ・ディランの歌は、ポール・マッカートニーへのトリビュート・アルバム『アート・オブ・マッカトニー』(2014年)で聴くことができる。


アート・オブ・マッカートニー~ポールへ捧ぐ(初回限定盤)(DVD付)

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ビートルズがアルバム『ア・ハード・デイズ・ナイト』(1964年)で発表した「今日の誓い」を、ディランは比較的原曲に近いアレンジで歌っている。なぜこの選曲なのかはわからないが、いま特徴のガラガラ声で歌っているので、味わいはやっぱり「ボブ・ディラン」である、としかいいようがない。


ボブ・ディランは、現在ライブでギターを弾かず、キーボード奏者に徹している。さらには、楽器を持たず、マイクの前でポーズをとりながら歌う。それがサマになってないので笑ってしまう。



萩原健太さんは「Introduction」でこんなふうに書いている。

近年のディランのライヴをご覧になったことがある方ならばおわかりだろうディランのソロは、まさに”気まま”だ。事前に何も決まっていない。文字通り、真っ向からのアドリブ・ソロ。一定のコード進行のもと、大まかなスケールの中で音列を探りつつソロを展開し、次第にコードの変化に対応できる音列を見つけ出す。もちろん、見つけられないこともある。そんなときは惨憺たるソロとなって、これがまたディランらしい破壊力を聞く者の脳裏に焼き付けてくれるわけだが。いったん”これだ!”という音列を見つけたら、最強。1小節あるいは2小節のフレーズを飽きることなくえんえん繰り返す。コードが変わってもおかまいなし。同じフレーズでぐいぐい押しまくる。


実際のライヴやライヴ映像で何度か目撃したシーンである。次の映像も、そのひとつ。ディラン本人は大真面目だが、エリック・クラプトンは終始顔がほころんでいる。

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