かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

成瀬巳喜男監督「乱れる」〜ringoさんへの再トラックバックです

ringoさん、トラックバックありがとうございます。未亡人役の高峰秀子は、本当にきれいですね。魅力という点でいえば、若かった時代より、この頃の方が輝きをましているような気がします。加山雄三が、高峰秀子演じる兄嫁に惹かれてしまうのが、ちっともウソくさくありません。

酒屋さんで、普段着で商いをしているときと、ちょっとよそ行きに着物を羽織って、警察へ加山雄三をひきとりにいくときと、そのギャップがまたいいですね。

前半は、いままでの成瀬巳喜男映画のように、酒屋さんの家族事情と、お嫁さんと義弟の関係がていねいに描かれていきます。

それから、スーパーが小売店を圧迫してくる、戦後の日本の町の状況も、リアルに描いています。成瀬映画によく登場するチンドン屋も登場してきますね(笑)。

昭和30年代の日本を見たいのなら、「ALWAYS 三丁目の夕日」よりも、こちらの方が本当の世相を描いているとおもいます。とにかく、あちこちに、成瀬巳喜男のリアリズムの目がひかっていますね。

売店の店主のひとりは、近所のひとたちとよっぴいてマージャンをしながら、翌日になると、突然自殺してしまいます。スーパーが開店することへの、小売店の逼迫した恐怖心が、一気に観客に迫ってくる場面です。彼らは、安売りするスーパーに抵抗しようがないんです。日本の町が変わっていく、瞬間でもありますね。

成瀬は、画面には店主の自殺シーンを描かず、近所のひとの会話だけで、観客に、その事実を伝えています。劇的な場面を回避する、成瀬らしい技法だとおもいました。

後半、ringoさんが、指摘されたように、加山が列車の外で、立ったまま駅そばを食べています。食べながら、高峰秀子を見て、にこっと笑いますね。とてもいい表情で、高峰秀子が、その笑顔に惹かれていくのが、観客にも自然に伝わってきます。成瀬得意の無言劇。成瀬映画の醍醐味のひとつだとおもいました。

それから、新婚旅行へ旅立つために、友人・知人に見送られている幸せいっぱいの夫婦。

ringoさんがご指摘されていますが、おっしゃるとおり、翳りのない新婚夫婦と、世間に秘めなければならない高峰・加山の二人……両者の境遇の相違を対比させ、あざやかに描きわけていますね。

乱れ雲」で、司葉子加山雄三が、別れる前に結ばれようと決意しながら、タクシーで旅館に向かう途中で事故を目撃してしまい、互いの高まった気持ちを断念するシーンに似たような効果を感じました。

ラスト、加山の死は事故か自殺か、それも成瀬巳喜男ははっきりさせていませんね。酔いつぶれた加山雄三が、ただ足を踏み外して川へ落ちたともいえますが、失意の彼が、助かる気があれば助かるのに、その気力がなくて、半ばわざと助かろうとする行為をとらなかった、と解釈することもできるとおもいます。

「みなさんが、好きに想像してください」=結末を観客ひとりひとりに委ねる、これも成瀬巳喜男映画の特徴の1つだとおもいます。

ringoさん、いろいろなことを思い出させてくださり、ありがとうございます。楽しく読ませていただきました。