かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

溝口健二監督『残菊物語』(1939年/松竹)

現在残る芸道三部作のうちの1本。歌舞伎役者と彼を支える女性との悲恋を描く。ワンシーンワンショットに近い入念でねばり抜いた撮影によって、溝口の「長廻し」撮影は完成の域に達した。


(「新文芸座」パンフレットより)


女性が身を尽くして、芸の未熟な男性を一人前の歌舞伎役者にする、という話。地を這うような貧乏生活をともに生き、男はみごとに成功。女性はそれをよろこびとしながら、身をひき、病いで死んでいく。いくらなんでも……というような涙涙涙の筋書き(笑)。


女性が身を尽くして、男性を立身出世させる、という筋書きでは、ほかにも『滝の白糸』(1933年)、『折鶴お千』(1935年)の溝口作品がある。


しかし『滝の白糸』や『折鶴お千』との決定的な違いは、溝口の関心が人間を描くことよりも、歌舞伎そのものの映像化に気持ちがはいっていること。


長い歌舞伎舞台の描写、大阪道頓堀での舟の一座のお披露目(?)などがたっぷり描かれるが、二代目・尾上菊之助花柳章太郎)とお徳(森赫子)の悲恋は、まったくの類型で、やりきれない。


それから、主演の女性を山田五十鈴のような優れた女優が演じると、類型を超えて生きるが、森赫子はまったく平凡で、お徳には魂が吹き込まれていない。溝口健二の<リアリズムの眼>はどこにいったのだろう?