千葉に住んでいて、いまは秋田に単身赴任しているSさんが、奥さんと遊びにくることになっていた。
15時川越駅へSさん夫妻着く。そのままクルマで熊谷へ向かう。途中、吉見観音を見物。静かな何もないところにある寺だが、巡礼者が何人か参拝していた。
■吉見観音(安楽寺)の三重塔
17時半、熊谷の家へ到着。もう前の「鈴なり」はママさんが来ていた。熊谷の友人Yさんが、駅から30分の道を歩いてやってくる。こちらと、ほぼ同時に着いた。
Sさん夫妻、Yさんと飲み始めると、まもなく弟とK夫妻くる。座敷の席を全部占領になる。
わたしたち夫婦を含めると、総勢8人の小宴会。
Sさん、K、Yさんは、わたしのそれぞれの時代の友人だが、かつて市ヶ谷の本屋さんに在籍したことがあるのを、発見した。
まずSさんが休学してつとめていたS書店に、わたしがはいった。そのあとにわたしと親しかったKが、アルバイトできた。Sさんがやめ、Kがやめてから、しばらくしてYさんがやってきた。
わたしはとうにS書店をやめてしまったが、数年前までYさんは、S書店につとめていた。しかし、S書店が三省堂に買われたのを機会に退職した。
みんな務めた時期がずれているので、直接の知り合いではない。しかも、そのために今日集まったわけでなく、偶然そのことがわかった。それがおもしろかった。
SさんとYさんは、愛知県出身で、生まれたところがすごく近いことも今回わかって、二人で盛り上がっていた。
Yさんは、本屋さんを退職してから主夫をやっている。Yさんの奥さんは小学校の教員をやっているが、膠原病で、生活を、Yさんにたよっていた。
Kも、教員だが、ひとり娘がアメリカに留学している。「ちっとも向こうから連絡してこないよ」というと、、、
Yさんが、「生存していれば、それでいいんです」と言葉をきめた。Yさんは、いつも人間生存の原点から思考する。それが可笑しい。
「キメの粗い意見だね」とわたしが笑うと、
「粗いかな?」とYさんも笑った。
2次会を行田駅近いカラオケ屋へ。みんなお酒を飲んでいるので、飲めないわたしの妻が2度往復して、全員を運ぶ。
弟とKがサザンを二人で歌う。この二人がうまい。Kとは、むかしビートルズをギターで歌ったが、いまKは、ビートルズよりもサザンに変わっていた。
Yさんは、関西フォークを歌う。わたしの妻がカラオケを勝手に選曲したので、カラオケ不得意のわたしは「コーヒー・ルンバ」とビートルズ・メドレーを歌った。
弟とKとSさんがノっていたので、わたしはYさんと次々お代わりしながら飲んでいた。
さすがに疲れてきた。
妻が第一陣を家に送り届けるあいだ、まだ元気なSさんが、矢沢永吉の「チャイナ・タウン」を歌うのを聞きながら、カラオケ・ルームのソファで、わたしは横になった。