その年、16歳だった。
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6月28日の夜、ついにビートルズが日本に来るとおもうと、眠れなかった。ニュースをつけておいて、いつ来るかいつ来るか、待っていた。
外は段々雨と風が激しくなってくる。
テレビでは、<ビートルズ台風>という言葉をつかって、ビートルズが台風とともにやってくる・・・というような報道をしていたが、何時かに、台風が日本を直撃しているので、来日は6月29日の早朝になるだろう、と来日時間の延期を報じた。
がっかりしたが、この嵐の中でムリするより、安全に来日してくれたほうがいい、とおもいながら、眠った。
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6月29日の朝、起きると台風は去っていたが、家の前の川が、急流のように流れていた。水が、家の門のところまで迫っている。
木の枝が風にもぎとられて、いくつも濁流のなかを流れていた。
テレビをつけると、ニュースは、日本を直撃した台風と、<ビートルズ来日>の報道を流している。
来日報道では、4人が半纏(はんてん)を着て、飛行機のタラップを降りてくる瞬間を映していた。
ポールが、ジョンが、リンゴが、ジョージが、映っていた。テレビとはいえ、本物の、一番新しいビートルズの映像だった。
「来たんだ、ビートルズが来たんだ!」
とおもいながら、テレビをずっと見ていると、
黙って一緒に見ていた祖母が、
「よかったなあ、あの子たちが来て、よかったなあ」と、いってくれた。
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高校から連絡網で、通学の時間はかまわないので、安全に登校するように、という連絡があったので、ニュースをたっぷり見てから、長靴をはいて出かけた。
川があふれ、道がわからないので歩くのもゆっくりだけど、なんだかいつもと違う景色は、ビートルズの来日と重なって、気持ちを高ぶらせる。
京浜東北線の電車に乗って、学校のあるW駅に向かうと、車窓から見える浦和・川口周辺は、もっと浸水が深かった。
多くの家で、1階が浸水している。
1階がすっかり水没してしまい、2階の屋根の上に登って、何か修理をしているようなひともいた。
すごい台風が来たんだなあ、ビートルズが無事に来れてよかったなあ、とおもう。
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W駅から学校までの道も、途中池になっている。
すぐに学校へ行かず、定食屋によって、朝飯を食べながら、テレビのニュースを見ていた。
朝出てくるときと同じ映像だけど、ビートルズが、笑顔で飛行機から降りてくる映像は、何度見ても、幸せな気持ちにしてくれた。
テレビ番組のコンサート放送は、決まっていたし、実際のコンサートの入場券も1枚当選したので、少なくも2回は、ビートルズを見ることができる。
定食屋を出て、台風がつくった池のなかを、長靴で歩きながらおもった。
いまこの日本にビートルズがいる、
そして、もうすぐ<あの4人>に会える・・・。
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【追記】以下のサイトで、懐かしいビートルズ来日時の映像を一部見ることができます。