かぶとむし日記

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西川美和監督『ディア・ドクター』(2009年)

ディア・ドクター [DVD]

蛇イチゴ』『ゆれる』の西川美和監督が、へき地医療や高齢化など現代の世相に鋭く切り込む人間ドラマ。本作で映画初主演を務める笑福亭鶴瓶が無医村に赴任した医師を演じ、その医師の失踪(しっそう)をきっかけに浮かび上がる彼の人物像を軸にした心理劇が展開される。


(「Yahoo映画」より)


注目の西川美和監督の作品。見そびれていました。


西川美和作品らしく、ディテールに味わいを秘めながら静かにストーリーが進んでいく。途中まで見ていて、「いま傑作に立ち会っているのではないか」という期待感が強まる。


村に住むのは老人ばかり。その老人に精魂をこめるようにして向き合う医師(笑福亭鶴瓶)。その医師がある患者の秘密を共有することから、ニセ医者であることが発覚する。


映画初出演という笑福亭鶴瓶がぞくぞくするほど、いい。へき地の医療に献身的に取り組む医師を自然体で演じきっている。


余貴美子瑛太の脇役陣もいい。登場する俳優がみないい、というのは西川美和監督の演出が冴えている証しかもしれない。


ハリキリ俳優の香川照之がいきなり過剰な演技で登場してきたときは、「ああまたか」というような失望を感じたが、その後は無難に役をこなしている。


こういう物語で予感しがちなのは、献身的に働くニセ医者と村人との心のつながりを描く美談だろう。それを描くことで、へき地の医療問題にメスをいれる、というありがちなテーマにもっていくことが予想されてしまう。


しかし、西川美和監督は、そんな美談を描くほど、甘くない。ニセ医者と村人は、心まで結びついているようでいて、彼が免許をもたない医師だと発覚したとき、村人の反応は冷たい。彼をかばうものはいない。


この西川美和監督の冷え冷えとした視線が好きだ。



ただニセ医者と発覚する原因・・・患者(八千草薫)が、家族に心配をかけまいとして末期の癌であることを隠してほしい、と医師に頼み、それを受けて、医師は胃潰瘍と診断する。


そのことが、わたしにはなっとくしにくかった。


患者の娘が医者であり、病気を偽って診断すれば、いずれ患者が亡くなったとき、誤診が大きな問題になることは明らか。患者の生命を縮めるようなことを、またニセ医者が発覚するようなことを、こんな簡単に承諾するものか。わたしには、それが説得力に乏しい、と感じられた。


しかし、ニセ医者が、以前から、この村を自発的に失踪しようと考えていたのなら、そのキッカケを本人が作りたかっただけなのかもしれない・・・と、すれば映画の解釈も少し変ってくる。


それから、ラストで、この作品はオチのようなものがついている。ディテールが丁寧に描かれているので、このラストのオチに、わたしは入れ込んだ気持ちを、少しそがれた。


この作品に、こういう小器用さが必要だったのだろうか。