かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

阿部軍治著『白樺派とトルストイ』

白樺派とトルストイ―武者小路実篤・有島武郎・志賀直哉を中心に
おもしろく読んだので、記録しておきます。


副題に「武者小路実篤有島武郎志賀直哉を中心に」とあるとおり、トルストイが3人の白樺派作家に、どんな影響を与えたか、について、ていねいに論じている。


有島武郎(ありしま・たけお)の、北海道狩太村の農地解放、武者小路の「新しき村」の創設は、トルストイの影響と無縁ではなかったことを、改めて確認した。


引用が適切なのでわかりやすい。


新しい事実を論証する、というより、ものごとをていねいに解説して、こちらの散らかった頭を整理してくれる本だ。




トルストイは、性欲も芸術も否定する。人類愛のために、個人の私欲が否定される。


有島武郎は、「トルストイを実践したら、人間でなくなる」と日記に書いた。真面目な有島は、トルストイ人間性に共感しながら、その厳しい思想に苦しんだ。



武者小路は、トルストイの重圧から逃れるために、「自己の為の芸術」を唱えた。トルストイを想定しなければ、これほど「自己」という言葉に固執しなかったかもしれない。自分を殺して、他者に奉仕せよ、というトルストイと一見反対のようだが、、、


武者小路の「自己の為」は、やがて「人類の為」と類似していく。与えられた自己の個性や才能を生かすことは、人類の意志にかなう、と発展していく。


武者小路は、トルストイよりも、人間を肯定するメーテルリンクホイットマン、強い個性を画布に表現するゴッホゴーギャンに共感する。


しかし、、、


それも半分本心だけれど、半分は、要求の厳しすぎる、最愛の恋人へのあてつけのようにもおもわれる。


トルストイに反発しながら、武者小路は、晩年までトルストイにこだわった。しばしば自分は、トルストイの前には出られない不肖の弟子だ、ともいう。本人意識はしないにしても、脱トルストイは、自己を確立するための必死の<方便>ではなかったのか。


父が3歳のときに死に、母ひとりで育てられた武者小路は、学習院では最下層の暮らしで、電車料金を浮かし、麹町から目白の学習院まで、本郷の帝国大学まで、いまでいうなら、中学・高校・大学を歩き通した。


教科書や制服は兄のお古で、まにあわせていた。学習院の級友と対等に付き合うとお金がかかるので、級友の遊びの誘いも断っていた。


それでも彼は、華族恩給で働かなくても食える生活に、強い負い目を感じている。こんなことでは、トルストイの前に出られない、とおもっていた。


みんなが一定の生産労働を行い、残りの自由時間は、自己の才能・個性を生かす為に使う・・・という新しき村の基本理念は、この武者小路の<負い目>が根本にある。



武者小路も、有島武郎も、トルストイのほとんど全作品を読んでいるようにおもわれる。武者小路は、トルストイの小説のうまさにも触れているが、彼が一時頭が上がらないほどに強い影響を受けたのは、小説よりも、トルストイの思想や生き方のほうで、それは武者小路の生涯と作品を知るものには、なっとくがいく。


有島武郎は、読書家で、ヨーロッパ全体の文学に造詣が深い、と著者はいう。引用された日記を読むと、有島はトルストイの厳格な思想のなかで苦しんだりしているが、小説に描かれた写実性の確かさ、人物造詣の深さにも、目を留めている。


そして厳格に人間の私欲や性欲を否定するトルストイの圧迫感に押しつぶされそうになりながら、やがて、私欲の象徴である北海道にある私有地を、無償で小作人に解放する。



この本で志賀直哉トルストイについて触れた頁は短い。著者によれば、武者小路の影響もあり、若い時代は志賀直哉も熱心にトルストイを読んだことが、日記に記されている、という。


志賀は、トルストイの思想書もある程度は読んでいるが、もともと志賀は誰からも、思想的な影響を受ける度合いの少なかったひとで、トルストイからも、武者小路や有島武郎のような顕著な影響は見出しにくい。


著者は、むしろ志賀直哉チェーホフと人間的に類似していた、ことを語るため、ロシア文学者・中村白葉の言葉を引用する。

二人は、徹頭徹尾ひたむきな芸術家的清廉の持主で、流行、党派、一時の支配的機運等のために現実をまげることなど到底思ひも及ばない人である。人間として芸術家としても、飽くまで自由で、何人にも何物にも仕えず、常に自らの主人であった・・・


(中略)


善悪軽重の判断が明瞭で、ものに対する好悪感が直ちに正邪の観念と一致したといふ特質は、二人の天性といふほかあるまい・・・


(中略)


政略的なポーズを忌むとか、大言壮語を好まぬとかいふ一種の潔癖は、この二人についた特質であろう。


(「チェーホフ志賀直哉」『新潮』昭和22年)


志賀直哉は、武者小路実篤有島武郎よりは、トルストイへの距離を感じさせる。


しかし、志賀らしい感性で、トルストイの並外れた描写力、人物描写の深さに感心したことを、繰り返し日記に記している。