- 作者: 藤枝静男
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2019/01/18
- メディア: Kindle版
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9月16日、月曜日。祭日。
夕べ、夜中に目を醒ましていたので、朝眠い。
ソファに横になりながら、夜からの続きで、藤枝静男著『志賀直哉・天皇・中野重治』を電子書籍で読む。
むかし読んだことのある本だけれど、電子書籍になっていたので、ダウンロードして読む。
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藤枝が敬愛する志賀直哉をはじめて訪ねたのは1928年。当時、志賀は奈良市幸町に住んでいた。
その後、志賀が奈良市上高畑へ転居後も、藤枝はときどき志賀を訪ねる。
それからも志賀は、東京、熱海、東京などと転居するが、以来、1971年に志賀直哉が88歳で亡くなるまで、生涯の交流が続いていく。
最初藤枝静男の作品を読んだときは、とっつきにくかったが(いまも作品によってはそういうときもあるけれど)、志賀直伝の、硬質で対象を鋭く凝視するような文体が心地よい。
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最後に収録されていて、本の表題にもなっている「志賀直哉・天皇・中野重治」は、左翼系作家・中野重治と志賀直哉の親愛(中野重治側)と拒絶(志賀直哉側)の複雑な交流を、藤枝が分析する。
中野重治は、志賀直哉を敬愛しながらも、「暗夜行路雑談」(1944年)で、志賀直哉を批判する。太宰治が志賀を批判した「如是我聞」(1948年)よりも早くて、こちらは酔っ払いのクダではなく、きちんと論理を尽くした批判だ。
中野重治は、自分の「暗夜行路雑談」を読み、志賀直哉が不快を感じても、真実を指摘しているので理解してもらえるとおもっていたが、志賀の逆鱗(げきりん)にふれる。
中野の『暗夜行路』批判は、簡単にいえば志賀直哉が無意識にもっている特権階級の潜在意識を指摘している。
女中や車夫や不動産屋さん、あるいは若い僧侶との対応のなかに見える態度だ。
志賀には差別意識などは微塵もないのに、もっとごく自然に相手を見下しているのだ。差別意識よりも、始末が悪いといえなくもない。
この指摘は、志賀を敬愛する藤枝静男も、志賀ファンのひとりであるわたしも、否定できない。
特権階級の潜在意識は、志賀直哉には顕著だけれど、では学習院出身者である里見弴や武者小路実篤はどうなのか?
わたしの独断でいえば、志賀直哉、里見弴、武者小路実篤の順で薄くなっているようにおもえる。
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雑誌「白樺」から誕生した武者小路実篤、志賀直哉、里見弴などは、学習院の反逆者で、皇室や上流階級にうとましさを感じて、文学者を志す。
彼らは、学習院のはみだしものだった。
若い志賀直哉は、急先鋒の皇室批判者だった。短編「山形」には、以下のようなセリフが出てくる。
「昔は殿様の御馬前で討死するのを名誉に思えたかも知れませんが、いま学校(学習院のこと)にいるあの馬鹿な連中のために討死して私が名誉と思えなくなったのは当たりまえじゃあありませんか」
別の日、陸軍士官の叔父と激しい口論になる。
「すくなくも、こと皇室に関するような事を云うのはよせよ」
「それはこっちも云いたくはないが、考え方の相違がそんなことで一番簡単にはっきりするから、つい出るんだ」
「しかしとにかくそういう事は口にするなよ」
「思ってる事は口に出るからね」
(略)
「貴様はどうしてもそれをいわなければいられないのか」
「話がそこまで行けば、右のことを左というわけには行かない」
(読みやすいように、会話を改行しています)
陸軍士官の叔父は、持っていた氷水のはいったガラスのカップを志賀に向けて投げつける。志賀は、頭を横に傾けて避ける。氷のはいったカップは、後ろの柱にぶつかって落ちる。
志賀も叔父も泣き出した。
短編「山形」の印象的なシーン。
これを読んでいる志賀ファンのひとりである中野重治が、志賀を自分たち(左翼活動家)への理解者のようにおもうのはそれほど不自然ではないけれど、年齢を重ねるなかで、志賀の皇室批判はやわらぐ。
若いころ故郷を憎んで飛び出したものが、年齢を重ねて次第に郷里を恋しくおもうようになる、という感情に似ているかもしれない。
ただ、志賀直哉はセンチメンタルな男ではない。こんなエピソードがある。
奈良にきている皇后さま(昭和天皇の夫人)が、退屈しているときいて、家にある女性向きの本をみつくろって届けてもらうことにする。
しかし、そのとき「しかしことによると消毒しやしないかと思ったから聞くと、するというからそれなら本が汚れると折角くれた人に悪いからと思ってやめにしてもらった」
晩年になって天皇・皇室の崇拝者に転向してしまったというわけではない。親愛感がでてきた、といってもごくあっさりした距離感を保っている。
日本を戦争に導いたことに天皇制の責任と制度としての欠陥を認めている。
天皇制を廃止することを認めるような発言をしながらも、次のような親愛感もみせる。
天子様と天子様のご一家がご不幸になられる事は実にいやだ。
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以上寝ながらの読書で、ぼんやり浮かんだ思いを列記しました。