かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

阿川弘之著『志賀直哉 上』を読む。


志賀直哉〈上〉 (新潮文庫)

志賀直哉〈上〉 (新潮文庫)


阿川弘之の『志賀直哉』は、岩波の図書に連載中、毎号取り寄せて読んでいた。その後単行本になったとき上下巻とも購入し、ところどころ拾い読みしたが、今回通読するのは連載中以来のこと。


いま現在、上巻のみ読了。これがじつにおもしろい。客観的な伝記といっても、随所に志賀直哉への敬愛が見え隠れするのが、志賀直哉ファンには、たまらない。


上巻は、志賀直哉の誕生から奈良での生活まで。他の評論は引用しても、著者は極力自分の意見は抑制して、紹介に徹している。


志賀直哉の最後の弟子を自認する阿川弘之ならではの詳細をきわめる伝記で、志賀直哉本人だけでなく、祖父・祖母、父、生母の銀、義母の浩(こう)、直哉の兄弟姉妹、直哉の子供たちのその後まで、脇役の登場人物まで調査が行き届いている。といっても、瑣末なことに脱線するわけではなく、志賀直哉の愛読者には興味深いことばかり。


けっして美辞・麗句におおわれた伝記ではない。辛辣ではないまでも、志賀直哉の特性(一般に欠点とされていることも)をきちんと視野にいれた公平なものになっている。


青年時代、松江時代、尾道の生活、我孫子時代、そして山科、京都、奈良・・・各時代の志賀直哉の風貌がくっきりと浮かびあがってくるので、読んでいてたのしくてしかたがない。


私小説の代表的な作家とみられる志賀直哉でも、作品化している時代と作品化していない時代がある。その個人史のなかの欠落した部分を、阿川弘之は、志賀の日記や第三者の証言など広く目を配って、埋める努力をしている。これも、ありがたい。


志賀直哉を訪ねてくる数々の文士たちとの交流もたのしい。読み終えるのが、もったないけれど、まだ下巻が残っている。あわてずに、ゆっくり読書の楽しみを満喫しよう。