かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

草月ホールで宮本信子、中井貴一出演の『壇』を見る(7月23日)



青山の草月ホールに午後2時半、妻と待ち合わせ、宮本信子中井貴一ふたりだけの劇『壇』を見る。原作は、沢木耕太郎。企画・台本・演出は、合津直枝(ごうづ・なおえ)。


檀一雄の奥さんであるヨソ子夫人を宮本信子が、沢木耕太郎中井貴一が演じる。沢木の質問に刺激され、ヨソ子夫人が檀一雄との過去へ追憶をのばしていくと、夫人が話している相手の中井貴一は、突然声の調子を変えて、沢木耕太郎ではなく、檀一雄になっていく場面もある。


『火宅の人』で、ヨソ子夫人は、「愛人に夫を奪われた妻」として描かれた。小説のなかの夫人の存在感は希薄で、夫の行動に対して冷淡にもみえる。


実際、ヨソ子夫人は長らく『火宅の人』を読まなかった、という。読めなかったというほうが、ほんとうかもしれない。沢木耕太郎から、週に一度の取材を受けるなかで、はじめて『火宅の人』を読み、衝撃を受ける。「あれはそうではないのに」という描かれた側からの不満や異論がふつふつ頭をもたげてくる。


檀一雄にとって、妻のわたしはなんだったのだろう?
わたしにとって、夫檀一雄とは?


閉ざされたヨソ子夫人の心を、沢木耕太郎は、ムリにこじあけることなく、やわらかく慎重にひらいていく。演じる宮本信子中井貴一のふたりが作り出す濃密な空間に惹きこまれる。


動きやセリフがギリギリまで削ぎ落とされている。ふたりのせリフ以外ほとんど音らしい音がない(たまに音楽はかかるが)。静かな会場に宮本信子中井貴一の声だけが響き、広がる。



気持ちのいい満足をおぼえて、会場を出る。沢木耕太郎著『壇』と檀一雄作『火宅の人』を、もう一度読んでみようとおもいながら。