かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

川本三郎さんの本が好き!(永井荷風、寅さん、成瀬巳喜男)。

川本三郎さんの『台湾、ローカル線、荷風を読む。



川本三郎さんの本で電子書籍になっている本は多くない。これまで、ほとんどを紙の本で読んできた。ときどきあとから電子書籍になる著書がある。これはやめてほしい。紙の本を買ってからもう一度電子書籍で買い直すのはなかなかつらい。


この『台湾、ローカル線、荷風』は、電子書籍でみつけたので、さっそくダウンロード。


ひさびさに川本三郎さんの文章に接した。気持ちがいい。



川本三郎さんは、永井荷風の大ファンだ。荷風が残した日記『断腸亭日乗(だんちょうていにちじょう)』をもとに荷風の生涯をたどる荷風と東京(上下)』は、渾身の評論。





永井荷風は、女性を愛する作家。もっといえば、好色文学の作家というイメージがわたしのなかにあった。でも、川本さんの『荷風と東京』からは、「初代、東京散歩者」としての永井荷風が浮かび上がる。


荷風は、電車に乗って、東京の東へ足を運ぶ。浅草や玉の井(現・東向島)にいくついでに、もっと東京のはじへはじへと足を向ける。


隅田川にひとがあふれると、だれもいない荒川を歩く。荷風は荒川の荒涼とした風景に惹かれる。浅草の踊り子や遊郭の女性を愛したが、いっぱんに人間好きではなかった。ひとと会うよりも、ひとりで荒廃した風景のなかを歩く孤独を好んだ。


風景としての荒川を発見したのは永井荷風ではないか、と川本さんはいう。



川本さんは、映画『男はつらいよ』シリーズのファンでもある。川本さんの寅さん好きが1冊に結集したのが『「男はつらいよ」を旅する』


「男はつらいよ」を旅する (新潮選書)

「男はつらいよ」を旅する (新潮選書)



寅さんは、華やかなところではなく、田舎道を歩き、木の橋を渡り、無人駅のベンチで電車を待ち、夕暮れの海を眺める。


『「男はつらいよ」を旅する』は、寅さんが歩いたロケ地を徹底的に探索していく。


それは日本から失われていく風景を探す旅になる。山田洋次監督は、意図して日本から消える風景や鉄道を映画のなかに残したのではないか、と川本さんはいう。



成瀬巳喜男 映画の面影』は、昭和30年代の東京を舞台に描いた成瀬巳喜男作品の魅力を川本さんが解説した本。


成瀬巳喜男 映画の面影 (新潮選書)

成瀬巳喜男 映画の面影 (新潮選書)


成瀬巳喜男監督は、おおげさなストーリーやオーバーな演技を嫌う。人物の目の動きだけで、感情の動きを表現したりする。


そして、登場人物の多くは、変化する時代についていけない。


『乱れる』という作品では、新しく台頭してきたスーパーの進出に商店街の個人商店がおびえる。廃業するか新しい店構えに建て替えるか、悩む。自殺者も出る。


成瀬映画には、ちんどん屋がしばしば登場する。ちんどん屋は新しいスーパーのチラシをまく。個人商店からスーパーへ。昭和30年代の時代の変化を象徴するようなシーン。


成瀬作品では「お金」も重要な要素になる。


戦後の多くの作品に、お金に困らない会社重役たちが登場する小津安二郎作品とはずいぶん印象がちがう。もっとも小津映画も、代表作の東京物語麦秋は、「家族離散」のテーマであったり、戦前の作品には、貧しい家族や旅芸人の一座が登場するが....。


成瀬作品では、主人公がお金のことで追い詰められたり、立ち行かなくなるシーンが登場する。


『女が階段を上がる時』の主人公は、銀座の雇われママ(高峰秀子)。ドライな若い女の子たちは新しい店を出し、客をどんどんそっちへ引っ張っていってしまう。そのためには、からだの提供も厭わない。雇われママは、自分の力量だけでは店を維持することがむずかしく、これまで拒んできた彼女のからだめあてのパトロンを受け入れるかどうか、苦悩する。


成瀬作品には、新しい時代のなかを器用にわたることができない人物への愛惜の想いがある。



むかしの映画を見るたのしみのひとつは、人物の背景に映る戦後の東京や戦後の日本の、失われた風景の発見にある。


看板の多くは、日本語の名前であり、商店街は、平屋が並んでいたりする。むかしの映画では、そういういまはない日本の懐かしい風景を、再現ではなく、リアルに見ることができる。


なんの映画がどんな風景を映し出しているか、を教えてくれるのが、『銀幕の東京 映画でよみがえる昭和』




映画評論家であり、東京の散歩者でもある川本三郎さんの東京歩きの成果が1冊に詰まっている。


小津安二郎監督の代表作東京物語の長男・山村聰(やまむら・そう)は、映画では場所が特定されていないが、足立区の「堀切」で町医者を開業している。堀切駅のホームに医院の看板が出ている。


この堀切駅の、マッチ箱のような木造の駅舎がいまもそのままだ、と本で知って、さっそく出かけていったのが懐かしい。



川本さんは、2008年に奥さんを亡くされた。子どもさんはいない。


その寂しさを癒すためもあってか、いまはよくローカル線の旅に出るという。それを1冊にまとめたのが『台湾、ローカル線、荷風


川本さんの旅は、失われていく日本の風景を探す旅。


だから、有名な観光地とは無縁。無人駅や、降りても食堂ひとつないような町、村、を好んで歩く。


もし駅を降りて、そこに駅前食堂があったら、うれしい。川本さんはビールを飲む。それが至福のときだという。


東京散歩者の川本さんには、永井荷風が重なるが、ローカル線の旅には寅さんが重なる。


ノスタルジーを大切にする永井荷風、寅さん映画、そして失われていく昭和の東京を映画で描いた成瀬巳喜男に、川本さんは深い共感を寄せる。