3月27日(日)、晴れ。
昼から、妻の運転で、川越市氷川町の新河岸川へ、桜を見にいく。
満開。
新河岸川沿いに、桜を見ながら散歩。
両岸から垂れ下がる桜のトンネルの下を、お客さんをのせた舟がゆっくりすべっていく。
土手沿いにある一軒の庭で、ビニールをひろげて宴会をやっていた。自宅の庭だから、花見の宴会が禁止されていても、問題ないわけで、ちょっとうらやましい。
回転寿司でお昼を食べて帰る。
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夕方、TSUTAYAから届いていたDVDで、木下恵介監督『野菊の如く君なりき』(1955年)を見る。
永遠の青春映画というのか、小学生のころ初めて見て、それから何度も見ているが、いまも見ると感動してしまう。
格調高いモノクロ映像で描かれる美しい信州の風景。
伊藤左千夫の原作『野菊の墓』の舞台は、千葉県の松戸市だけれど、木下恵介監督は信州に移した。
なので、わたしは長いあいだ、原作の舞台も信州だとおもいこんでいた。
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こんど中学校へいく正夫と、ふたつ年上の従姉弟(いとこ)の民子は、幼い頃から姉弟(きょうだい)のように育てられて仲が良かった。
しかし、正夫が13歳(数え15歳)、民子が15歳(数え17歳)になると、周囲の口がうるさく、いままでのように無心でいっしょにいられなくなる。
母にいわれて遠くの山の畑へ綿をとりにいった二人はお互いの気持ちを花に託して告白する。
「民さんは、野菊のようなひとだ」
「それで、正夫さんは野菊が好き?」
「大好きさ」
そんな素朴な愛情の交換に心撃たれる。
正夫が中学校の寮生活のために、渡し船にのって出立するシーンも美しい。そして、このときが二人の最後の別れになってしまう。
原作の舞台松戸市と、寅さんで知られる柴又のあいだ〔江戸川〕を、いまも「矢切の渡し」が行き来している。
わたしは、柴又を歩いたときに、この舟にのって川を渡り、野菊の里まで歩いたことがある。野菊の里には、「野菊の墓」の一節を刻んだ石碑があった。
原作を読んだひと、映画をごらんになったひとも、多いとおもいます。
どちらもまだない、というひとは、興味があったらぜひ読むか見るかしてみてください。
木下恵介監督は、素人俳優さんを使うのがうまい監督といわれている。
この映画のふたりの主演、正夫(田中晋二)と民子(有田紀子)もほとんど無名だったはず。
ここで民子を演じた有田紀子の可憐さに心をつかまれたひとも多かったのでは。
民子を演じた有田紀子は、その後それほど映画に出演することなく結婚してしまった、と聞いた。だから、ほとんどこの映画のなかだけに、初々しい姿をとどめている。
わたしがはじめて逢った憧れの女性。現実でないのが残念だけど(笑)。