『夜、鳥たちが啼く』。
『ケイコ目を澄ませて』。
12月11日㈰。
妻の運転で、「ウニクス南古谷」へ、佐藤泰志原作・城定秀夫(じょうじょう・ひでお)監督の『夜、鳥たちが啼く』を見にいく。
まず、こういう地味めな作品を地元の映画館で上映してくれるのがうれしい。
城定監督は、『愛なのに』(脚本:今泉力哉)がおもしろかったし、高校生の演劇を映画化した『アルプススタンドのはしの方』もよかった。
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文芸雑誌の新人賞はとったが、その後パッとしない作家・慎一(山田裕貴)が主人公。
彼は、バイト先の上司の元妻・裕子(松本まりか)とその子供(男の子)を、次の住むところが見つかるまで、ということで、自分が別れた彼女と住んでいたところを提供していた。
そして、自分は仕事場に使っていた離れのプレハブへ移る。
トイレとお風呂と冷蔵庫は母屋のほうしかないので、そのときはそちらへ出入りさせてもらう。
お隣りの主婦は、いきなり慎一が若い女性と男の子を連れてきたので興味津々で見ている。
慎一は、元カノと関係がうまくいかなくなったとき、上司の家へ招待され、そのとき妻だった裕子が、彼の新人賞をとった小説を読んでいたこともあって、話してたのしかった。だから家を一時的に貸すことも申し出た。
この奇妙な半同居生活に、どんなさざなみが起こっていくか、がこの映画のストーリー。
佐藤泰志の原作は『大きなハードルと小さなハードル』に収録された短編小説。基本的には、原作に忠実に映画化されている。
わたしは、おおげさな手振り身振りをしない作品が好きなので興味深く見たが、強い感動はなかった。
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12月21日㈬。
ひとり「池袋シネマロサ」へ、三宅唱(みやけ・しょう)監督の『ケイコ目を澄ませて』を見にいく。
「シネマ・ロサ」は、池袋歓楽街の一角にあるが、わたしの好きな傾向の映画をやるので、最近足を運ぶ事が多くなった。
三宅唱監督で好きなのは、佐藤泰志原作の『きみの鳥はうたえる』。
ふたりの青年とひとりの女性の、ひと夏の彷徨を淡々と描いていて共感した。
その三宅唱監督の新作。期待と不安があったが、そんな不安はうそみたいに感動した。いい作品だ。わたしのなかでは、傑作の部類にはいる。
聴覚障害の元プロボクサー・小笠原恵子の自伝「負けないで!」を原案にしている(未読)。
主人公ケイコは耳が聞こえないし、しゃべることもできない。従ってケイコ役の岸井ゆきのは、ひと言もセリフがない。
この設定じたいに緊張感が走るが、それをことさらに煽って、感動にもっていこうとしていない。
自分をじょうずに表現できないケイコの心のなかを、じっとみつめていこうとする作品。ほんと、しびれたわ。
耳の聞こえない女性ボクサーが主人公という設定だけれど、描き方は日常的。ボクシングの試合もあることはあるが、それをクライマックスにしようとしていない。
ケイコを演じた岸井ゆきのがすばらしい。今泉力哉監督の『愛がなんだ』でもうまい女優だなあ、とおもったが、今回はさらに役者のすごみを感じた。
わたしは、感情を煽る演技が苦手なので、このセリフのない女性を等身大に演じた岸井ゆきのに、ほんとしびれた。
それと、「あの子、才能があるの?」と聞かれて、「才能はないかなあ。でも人間としての器量があるんですよ」と、あたたかくケイコを見守るボクシング・ジムの会長を演じた三浦友和が圧倒的にいい。名脇役だとおもう。
いい人をことさらに演じてはいない。どこにもいそうなボスだとおもうけれど、人間のあったかさが伝わってくる。
出演者の誰もが自己主張しないで、いるべきところにいる。感動の押し売りはなし。
それでいて、心に刺さってくる作品だった。
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帰り歓楽街をぬけて、駅近くにある安い居酒屋「青龍」に寄ってみる。おでんとカキ鍋を注文し、めずらしく最初に熱燗を飲む。