永遠のギター少年・ジョージ・ハリスン。
1985年、ジョージはギター少年にもどった。
★
1974年のアメリカ・ツアーは、賛否両論あった。
その後ジョージ・ハリスンはレコードは出すが、ほとんど人前に姿を見せなくなる。もともと隠遁志向のあるひとだという気がしていたが、アルバム『ゴーン・トロッポ』(1982年)ではプロモーション・フィルムも製作しなかった。
- 庭いじりを楽しんでいる。
- カー・レース場に、よく姿を見せている。
- 映画会社「ハンドメイド・フィルムス」の共同製作者として、マドンナの記者会見に付添いで登場した。
という切れ切れのニュースははいってきても、本来のミュージシャンとしての話題がない。ファンには、さびしい時代だった。
そして1985年、ジョージが、カール・パーキンスの60歳のバースディを祝うTVショーに、リンゴ・スターやエリック・クラプトンとともに出演、歌とギターを披露した、というニュースがはいってきた。
「そりゃ、すごい!」
新宿西口まで、海賊ビデオ(市販されていない)をさがしにいって、ついに『カール・パーキンス・ショー』を手にいれた(しばらくあとになって、市販のものが販売されたが、それまで待てなかった)。
このショーでは、ジョージがロカビリー少年にもどったようにたのしそうに歌い、ギターを弾いている。少年のころは、カール・パーキンスのギターをコピーして腕を磨いた、という、むかしレコード解説で読んだことがあるが、それを実証するように喜々としてギターを弾いている。
そうしたプレッシャーから解放されたひとりのギター少年が、演奏をたのしんでいる。
その後、『カール・パーキンス・ショー』でコーラスをわけあっているデイヴ・エドモンズから、ジェフ・リンを紹介される。
それが大ヒットアルバム『クラウド・ナイン』へ結晶していく。
★
アルバム『ビートルズ・フォー・セール』に収録されている「Everybody's Trying To Be My Baby 」を歌い、ギターを演奏する。
www.youtube.com
ビートルズ時代のポールとそうであったように、1本のマイクをデイヴ・エドモンズとわけあってコーラスをつける姿に興奮した。
www.youtube.com