かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

成瀬巳喜男監督「銀座化粧」を見る


新東宝映画傑作選 銀座化粧 [DVD]
友人からBSの成瀬特集を録画したビデオを借りて「銀座化粧」を見ることができました。1951年、東宝の作品です。

主演は田中絹代。他にぼくが知っている俳優では香川京子東野英治郎くらいでしょうか。しかし、東野英次郎はちょっと出てくるだけ。メインは田中と香川の二人の女優に、昔「七人の刑事」だかに出ていた堀雄二が、二枚目役でからみます。

雪子(田中絹代)は、銀座のバーに女給として勤めながら、ひとり息子の春雄(西久保好汎)を育てている。雪子は、バーの仲間の女性たちのようには要領よく生きることができず、戦後零落してしまった昔の男=藤村(三島雅夫)がお金をもらいに訪ねてくると、渡したりしている。すでにお客どころか、ルンペンのような藤村だが、雪子は冷たく見放すことができないのだ。雪子の息子=春雄は、むかし藤村とのあいだにできた子供である。雪子には、羽振りのいいとき藤村からよくされた、その恩義があるのだが、この世界ではそういう義理を立てては生きていけない。

前半は、事件らしい事件は起きず、淡々と雪子の生活が描かれる。戦後の東京の街並みが映り、成瀬映画の魅力の1つでもある狭い路地が、たびたび映される。

路地‥‥成瀬映画には、いまは少なくなった家と家のあいだの狭い空間が、登場人物の歩く姿とともに映像で紹介される。日のあたらない路地は、いつもぬかるんでいる。そのジメジメした感触まで、成瀬映画を見ていると感じられます。

雪子は、元女給の仲間から、自分の「心の恋人」=京助(堀雄二)が地方から上京するので、囲われてる旦那が不在になるまでの2日間東京案内をしてくれ、と頼まれる。頼まれると断りきれないのが雪子だ。

渋々東京案内を引き受けた雪子だが、朴訥としたひとがら、天文学や文学へ理解をもつ京助に、心惹かれてくる。しかし、雪子の中に芽生えた恋のようなものを、すんなりとは成就させてくれないのが、成瀬巳喜男ですね。やっぱり、そのままハッピーエンドにはなりません(笑)。

京助の滞在する宿で、彼と一緒に小休止している雪子のもとへ、「春雄ちゃんがいなくなった」と女給の京子(香川京子)が知らせにくる。京子は、雪子が妹のようにかわいがっている若い女給だ。雪子は、京子に京助の東京案内を代わってもらい、息子の春雄を探しに奔走する‥‥。

春雄は無事に発見されるが、雪子の代役をつとめた京子と京助のあいだに、新しい恋がはじまっていた。京子から、京助への恋を告げられ、最初はおどろく雪子だが、彼女はそれを静かに受け入れる。そして、何ごとも起こらなかったように、雪子の銀座のバーへ通う日常が続いていく。

事件らしい事件のなさ、現状からなんとか幸せをつかみたい、と願いながら、映画が終わった時点では何も解決してないストーリーの構成、街並みと路地の郷愁を誘う背景‥‥「銀座化粧」には、成瀬巳喜男映画の特徴が集約されています。

ただ子役がもう1つ平凡で、「エーン、エーン」と手の甲を目にやって、おきまりのしぐさで泣くシーンを見たとき、これは本当に成瀬巳喜男の映画だろうか、と一瞬疑いたくなりましたが(笑)。